北朝鮮への安保理制裁決議で中国は南シナ海の軍事化を得たようだ。やはり外交と軍事は両輪のように動く。だがこの中国の動きに対して北朝鮮はまた新たな軍事外交を始めるだろう。中朝の外交合戦は絶え間なく続くだろうが、その制御装置の主力となるのは日米軍事同盟だ。
経済力を武器に大きな外交成果を上げた安倍政権だが、それを成熟させるのはやはり軍事力だ。

鍛冶俊樹の軍事ジャーナル【2月28日号】を転載

南シナ海と北朝鮮

北朝鮮への安保理制裁決議について、漸く米中が合意した。北朝鮮が弾道弾実験をしてから、2週間以上、核実験をしてから1カ月半以上も経っての合意である。国際社会は冷めたピザを食べることになったと思っていたら、今度はロシアがごねている。配達されるピザは冷めたどころか、冷凍されることになりそうである。

中国はこれだけごねて、何を得たか?言うまでもなく南シナ海の軍事化だ。中国軍がパラセル諸島(西沙)に地対空ミサイルを配備したと報ぜられたのは今月14日だ。翌日、オバマ大統領がアセアン首脳をカルフォルニアに集めて南シナ海問題を討議したが、「そんな会議を前にして中国は、なぜ挑発するような真似をするのか?」と訝る向きもあった。

だが結果を見れば答えは明らかだ。中国は米アセアン首脳会議を睨んで軍事配備したのではない。23日に中国の王毅外相はケリー米国務長官とワシントンで会談したが、米国は対北制裁合意の見返りに南シナ海軍事化を容認せざるを得なかった。中国が当初から狙っていたのは、これだったのだ。
そうと分かれば、ロシアだって制裁合意の見返りに米国から何らかの譲歩を引き出そうとするのは当然の成り行きであろう。

日本では、将来、日本初の女性首相を目指す与党議員が「南シナ海は日本に関係ない」という様な発言をしてしまう平和ボケが続いているから、これがどうして日本の脅威になるのか、解説しておかなければならないだろう。

中国はパラセル諸島に既に戦闘機を配備した。ここは南シナ海の西側であり、以前にも一時的に戦闘機が配備されたことがある。だが南シナ海の中央のスプラトリー(南沙)諸島の人工島に飛行場は完成しており、ここに戦闘機が配備されるのは時間の問題だ。そうなれば、中国は南シナ海全域にいつでも防空識別区の設定を宣言できる態勢になる。航空自衛隊は日本周辺に防空識別圏を設定している。圏と区の一字違いだが、この違いは重大だ。日本の識別圏は領空を意味しないが中国の識別区は領空を意味しているのだ。

2013年に中国は東シナ海に防空識別区を設定したが、その際、各国の民間航空会社にそこの飛行計画の提出を要求した。南シナ海に防空識別区を設定すれば当然、その空域を飛行する民間航空機の飛行計画の提出も要求するだろう。飛行計画の提出が義務化されれば、中国は飛行計画の変更を要求できる。例えば日航や全日空に飛行経路の変更を要求できる訳だ。これは国際法上許されない行為だが、突然言い出されたら、民間航空会社は困惑してしまう。結局政府間交渉に委ねるしかなくなり、その交渉の席で中国は飛行計画を承認する見返りを要求できる訳だ。

つまり南シナ海の軍事化は、日米に対する強力な外交カードを中国に与えるのである。米国は現在、中国に対して防空識別区の設定をしないように要求している。だがスプラトリーへの戦闘機配備に対しても武力行使をしないと見られる。戦闘機が配備されれば、米国で政権が代わる頃を狙って防空識別区の設定を宣言するかも知れない。米新政権も断固それを望まないというのであれば、設定を延期する見返りを中国は米国に要求できる。

おそらく、その時になってオバマ政権が中国の南シナ海の軍事化を容認したのは、間違いだったと国際社会は気付くのであろう。

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)

鍛冶俊樹(かじとしき)

1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、第1回読売論壇新人賞受賞。2011年、メルマ!ガ オブ ザイヤー受賞。2012年、著書「国防の常識」第7章を抜粋した論文「文化防衛と文明の衝突」が第5回「真の近現代史観」懸賞論文に入賞。
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