一昨日の敵は昨日の友、昨日の友は今日の敵。
最近のテロ事件は、中東諸国、アメリカ、ロシア、フランス、イスラエル、それぞれの思惑が交差しあう紛争で、つまるところジャッジメントがない泥沼の様相だ。
なぜ仏露が標的に?
シリアで、アサド政権打倒の暴動が一斉に起きたのは2011年3月の事だ。社会主義の独裁国家でこうした暴動が自然発生する筈はなく、米オバマ政権の中近東民主化政策に沿ってCIAが反体制派を育成したのは明らかだった。
その反体制派の中にアルカイダがいたのも、軍事情報関係者の間では特段驚くべきことではなかった。アルカイダはもともと、アフガニスタンに侵攻したソ連軍を迎え撃つために1980年代にCIAが養成したイスラム戦士部隊である。
アフガニスタンからソ連軍が撤退したため、米国はイスラム戦士への支援を停止した。目的と食い扶持を失った彼らは反米主義に転じて、米国をテロの標的にして反西洋的なイスラム教徒から支持と資金を得たのである。
米軍のアフガニスタン討伐により四散したアルカイダの残党が「CIAがシリアで旧ソ連の置き土産のアサド政権を打倒するために戦士を募集している」と聞けば、駆け付けるのは自然の勢いだろう。一昨日の友は昨日の敵となり、昨日の敵は今日の友となる。中近東では常識なのだ。
ところがアサド政権は反体制派に化学兵器を使用し、対して2013年8月オバマはシリアへの攻撃を宣言したものの、ロシアのプーチン大統領がシリアの化学兵器を除去させると約束した為、攻撃は中止となった。
ロシアは約束通り化学兵器を除去させたが、代わりにシリアへの軍事支援を強化し大量の武器弾薬を提供した。アサドはその武器で反体制派掃討を強化し、堪りかねたアルカイダの残党はイラクに逃げ込んだ。
イラクはと言えば、米軍の兵器で武装したイラク軍が防衛しているのだが、士気はいたって低い。アルカイダにしてみれば米軍兵器はお手の物、洗脳術もお手の物という訳で、あっという間に降伏したイラク軍を併合して、かくてISIL(イスラム国)が成立した訳だ。
米国の保護領イラクでのISILの勢力拡大を当初、米国は静観していたが首都バグダットに迫った2014年8月にオバマは遂にイラクのISILへの空爆を決断、対するISILは米国人ジャーナリストの斬首映像をネットで公開し、空爆の中止を要求した。昨日の友が再び今日の敵になった訳だ。
米国は翌月にはヨルダン、サウジアラビアなどと有志連合を結成し、シリアに戻ったISILへの空爆を開始した。共同作戦で米以外の国の空軍も空爆に参加するから空爆地点が重ならないように事前に空爆情報を有志連合で共有する。
有志連合以外で米軍が空爆情報を提供しているのはイスラエルだけである。イスラエルは有志連合には加わっていないが、以前からシリアを空爆しているのだ。イスラエルはこの空爆情報を事前通告しており、情報交換として米国も空爆情報を事前通告している。
ただしイスラエルが空爆しているのはシリアのアサド政権の拠点であり、ISILは含まれていない。シリアISILへの空爆が余り効果が上がらず、事前に情報が洩れているのではないかとは開始直後から囁かれていた。もし漏れているとすればどこの国から漏れているのか、お考えいただきたい。
さてロシアはこの9月30日にシリアのISILへの空爆を開始した。米国が翌日、「ロシアはISIL以外の反体制派を空爆した」と非難した。つまりロシアは米国に空爆の事前情報を提供していないのだ。米国に漏れなければISILにも漏れないから空爆は極めて効果的で、効果的だからこそ、ISILはロシア旅客機をテロ攻撃したのだ。
フランスも9月27日にシリアのISILを初空爆したが、仏空軍はドゴール時代から米軍との情報交換には消極的だった。シリアはもともとフランスの植民地でありフランスは現在も有効な情報網を持っているから、米国との情報交換を必要としなかった筈である。
つまりフランスも米国に情報提供しなかったが故に効果的な空爆が出来、従ってISILも効果的に反応したのである。
なおISILはこの直後米国へのテロ予告を行った。米国が情報漏洩を止めたか、止めることへの警告であろう。
軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、第1回読売論壇新人賞受賞。2011年、メルマ!ガ オブ ザイヤー受賞。2012年、著書「国防の常識」第7章を抜粋した論文「文化防衛と文明の衝突」が第5回「真の近現代史観」懸賞論文に入賞。
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