「中国の崩壊」が囁かれて既に数十年たつと思う。私もそう思っているが、鍛冶俊樹氏は「核武装している国が分裂すること自体あり得ない」と断ずる。この言葉には説得力がある。確かにその通りだ。

鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第238号(6月6日)を転載

中国の末路

シンガポールで開かれたアジア安保会議は、中国の南シナ海進出糾弾の場となった。伊勢志摩サミットで中国は外堀を埋められ、この会議で内堀を埋められ、本日、北京で開催される米中戦略・経済対話で遂に本丸に乗り込まれた。

中国は完全に封じ込められた形だが、その中国が次にどう出るか?交渉の行き詰まりは戦争で解決するのが、日本以外の国際社会の常識だから、中国の次の一手は当然、戦争という手段しかない訳だが、現実にはその公算は低い。

1962年のキューバ危機は核保有国同士の直接対決の様相を呈したが、当時の米国大統領ケネディの封じ込め戦略が功を奏し、戦争に至らずにソ連が敗退した。つまり核保有国同士の戦いは、将棋の様な直接対決にならず、囲碁の如き囲い込みに終わるのが現代軍事の常識である。

日米は、その常識を前提に昨年から中国封じ込めを慎重に画策して来た。中国の首脳も、当然キューバ危機の事例を学習している筈だから戦争に討って出る訳はない。もっとも核戦争に至らない小規模戦闘を中国が計画している可能性はある。

その理由は、実は軍事ではなく経済にある。中国が巨大な不良債権に苦しんでいるのは周知の事実だが、戦時経済に移行すれば負債を全て凍結できる。まさに一夜にして借金がチャラになる、中国に取っては魅力的な手段だろう。

だが、この場合、中国にある外国の資産はすべて没収される。米国を始めとする日本を含む先進国は対抗して中国の在外資産を凍結することになろう。中国共産党幹部の巨額の不正蓄財もまた一夜にして紙クズになり得るのである。彼らにとってこれは致命傷だ。

先日公開されたパナマ文書は、明らかにこの警告だ。私は2002年に出版した拙著「エシュロンと情報戦争」(文春新書)で、米英情報機関が独裁者の不正蓄財の所在を通信傍受で把握している状況を詳述したが、IT技術が更に発達した現在においては、預金をどこに移そうとも瞬時に追跡可能だろう。

軍幹部を含めて損得勘定に長けた中国共産党幹部が、自分の資産を無にする様な真似をする筈はない。となれば小規模であっても、戦争に討って出る事は出来ない計算になる。対外拡張が不可能となれば、国内の権力闘争で内部調整を図るしかない。

「中国が崩壊すれば何億人という難民が海外に流出し、日本にも数千万人が押し寄せる」などというシナリオがあるそうだが、空言である。

仮に中国が分裂して無政府状態が地域的に現出したとしても、一般庶民は海外に渡航できる費用がない。8000万人の中国共産党員の大半は渡航の費用はあるが、海外で裕福に暮らせる資産がない。彼らは十数億の庶民を搾取して中国国内で安楽に暮らしているのであって、搾取すべき庶民がいない海外で生きていく事など夢にも思わないだろう。

海外で裕福に暮らせるだけの不正蓄財をしている党員など、家族を含めて10万人にも及ぶまい。日本に来るのはせいぜい数万人、難民というより華僑である。

そもそも核武装している国が分裂すること自体あり得ない。これは北朝鮮を見れば分かるだろう。「中国の崩壊」とは、正確に言えば中国のバブル経済の崩壊であって、軍事基盤が確立している国家が分裂する事はない。

結局の所、内部調整で不良債権処理を図るしかないが、民主主義という手法を知らない彼らは、話し合いによる解決が出来ないから必然的に殺し合いによる解決しかないだろう。分裂できず逃げられず、ひたすら狭いリンクの中で権力闘争に明け暮れる。まさに地獄である。


 
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軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)

鍛冶俊樹(かじとしき)

1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、第1回読売論壇新人賞受賞。2011年、メルマ!ガ オブ ザイヤー受賞。2012年、著書「国防の常識」第7章を抜粋した論文「文化防衛と文明の衝突」が第5回「真の近現代史観」懸賞論文に入賞。
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