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“グルジャ抵抗運動”19周年記念講演会
「“中共中央七号文件”と“2・5グルジャ虐殺”」
1997年2月5日から6日まで起きた“グルジャ抵抗運動”とこの運動を武力で弾圧した“2・5グルジャ虐殺”(グルジャ事件)は今年で19年になります。
グルジャのウイグル人によるこの抵抗運動は、グルジャで展開されていた民間娯楽活動“マシュラップ”に関する当局の禁止措置に関連して起きたものです。ウイグル社会におけるマシュラップとは、一般的な意味として、音楽の演奏やウイグル式落語“チャクチャク”などの演劇を中心とする集落やコミュニティーが集う文化活動です。
1996年3月チャイナ共産党中央は北京で秘密に“新疆工作会議”を開き、ウイグル人に対する政策を根本的に変え、“新疆における脅威は民族分裂主義と非合法宗教活動に由来するものである”と決め、共産党高級幹部だけに秘密文書“中共中央七号文件”を通達しました。
1997年はじめ、ラマダン(断食月)期間中、二人のウイグル人宗教学生が警察に逮捕され、これを原因とした衝突が発生し、何十人かの逮捕につながりました。この一連の逮捕はウイグル人社会の怒りを買い、2月5日には千人を越す人々が、前夜の逮捕者の釈放のためにデモを行ないました。
2月5日、6日の民衆デモに対し、対暴動警察と軍隊がデモ隊だけでなくウイグル人の傍観者にも犬、催涙ガス、放水を用い、殴打し、さらに実弾発砲を行なって、百数十名のウイグル人を殺害し、デモ参加者の殆どを逮捕しました。逮捕された人々はグルジャ市内のスポーツスタジアムに集められ、氷点下20℃の厳寒で裸にされて消防車で放水され、凍死させられたり、凍傷を負わされたと言われています。
その後、当局はグルジャ市を2週間にわたって封鎖し、数千人を逮捕しました。グルジャ抵抗運動が血生臭く鎮圧されてからも、運動に関わったとされる人々の裁判、公開処刑、刑罰は何年も続きました。
今回の講演会では、トゥール ムハメットを講師として、19年前の“グルジャ抵抗運動”の経緯、チャイナ共産党中央の“中共中央七号文件”の内容と背景、そして凄まじい“2・5グルジャ虐殺”の真相について詳しく報告します。
ウイグル人権問題に関心のある多くの方々のご参加をお願い申し上げます。
トゥール ムハメット講師 略歴
東トルキスタン出身のウイグル人。
1985年北京農業大学卒業、その後新疆農業大学助手・講師、1994年九州大学大学院入学、1999年同大学より農学博士学位取得。帰国を断念し日本の民間企業に就職し、現在に至る。
2014年3月より、ウイグル民族民主運動指導者ラビヤ・カディール女史が総裁を務める国際ウイグル人権民主財団の日本全権代表を兼務。2015年2月より、世界ウイグル会議日本・東アジア全権代表を就任。
詳 細 | |
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日時 | 2016年2月7日(日) 18:30~20:30 |
会場 | 新宿多文化共生プラザ 新宿区歌舞伎町2-44-1 ハイジア11F |
問合せ | 日本ウイグル連盟 Tel:03-5840-6460 E-mail: rare.metal09@gmail.com |
主催 | 日本ウイグル連盟 |
共催 | 世界ウイグル会議日本代表部、世界ウイグル会議を支援する日本人の会 |
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