最近のニュースでは、アメリカのオバマ大統領がキューバとの国交回復を目指すと表明し共和党から反発を受けていると報じられていた。ロシアのプーチン大統領は自信満々ではあったが、西側に向けたと見られる記者会見をしていた。
こうした背景には世界のエネルギー事情が深く絡んでいたのだろうか。いつもながら世界情勢を興味深く分析した鍛冶俊樹さんのコラムです。

鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第169号 を転載

サウジの原油戦略

原油価格が1バーレル60ドルを割り込んだ。5年5か月ぶりだという。世界で最も効率よく原油を生産できるのはサウジアラビアである。従ってサウジが原油を増産すれば、原油価格は下がり、減産すれば価格は上がる。
つまりこの低価格もサウジの戦略である。ではサウジの狙いは何か?一説には米国のシェールガス開発を阻止する為だとも言われるが迂遠な説明であろう。

現在のサウジアラビアにとって最大の脅威はイスラム国である。イスラム国はイラクの原油精製施設を占拠し原油を密輸して軍事費を賄っている。だから原油価格の低下はイスラム国の軍事費減となる訳だ。
これは同時にサウジにとって長年の敵であるイランに対する打撃にもなる。イランは1979年のホメイニ革命以来経済制裁を受けてきたが、やはり原油を密輸することで軍事費を賄い、核ミサイル開発を推進してきたのである。

だが価格低下の影響はこれらに留まらない。ロシアも原油収入で軍事費増額を図ってきたから当然国防戦略の変更を迫られることになる。ウクライナ問題でも妥協的にならざるを得なくなるから西側にとっては歓迎すべき事態である。
中南米の反米主義国ベネズエラも原油収入があればこそ米国に対して強気でいられた訳で、価格が低下すれば盟友キューバを支援できなくなる。キューバは悲鳴を上げて米国との関係改善に乗り出さざるを得なくなった。

こうして見るとサウジの原油戦略は日米を含めた西側陣営にとって好ましい戦略だといえる。だがこの戦略に問題はないかと問われれば、やはり問題はある。それは他ならぬサウジアラビア自身の問題だ。
サウジもまた国庫収入の殆ど全てを原油収入に頼っている。サウジ王室は日本の皇室と異なり歴史的な権威を持たない。原油で得た莫大な収益を国内の有力部族にばら撒いて統一を維持している。
そんなサウジアラビアにとって原油価格の低下の長期化は実は国家分裂の危機をはらむのである。

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)

鍛冶俊樹

1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

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