台湾の馬英九総統と中国の習近平主席の会談は国内外に大きな波紋をよんだ。台湾国内での支持率が一桁といわれる馬英九総統は、昨年のひまわり学生運動にみられるように政官財界から見放されたといってもいい状態だ。自身が推薦した来年の総統選挙候補さえも党内から否定された。

来年1月の総統選挙では野党民進党の蔡英文氏が優勢とみられているが、もしそうなった場合は5月の交代までの間に中国に台湾を攻撃させることもありえる、と李登輝元総統は危惧している。台湾総統は立法司法行政の三権の長であり、その権限は絶大だ。台湾世論はすでに総統選挙に入っており、このタイミングでの首脳会談に多くの人々が驚き緊張した。

だが、今のところ驚くような会談内容は報じられていない。鍛冶俊樹氏はこの会談で中国は台湾併合を断念したと評する。なるほど冷静な視点でみるとこうなる。いつもながら明快な解説だ。

鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第212号 を転載

中国、統一を断念

中国の習近平主席と台湾の馬英九総統の会談は、「歴史的会談」と鳴り物入りで始まったが、結論に何も新しいものはない。従来の双方の立場を確認しただけの会談に終わってしまった。
しかし、にも拘らず、これは中国にとって歴史的会談だったのだ。何故ならこれは中国が台湾併合を断念したという宣言に他ならないからである。

そもそも中国政府は台湾との平和的統一の交渉期限を2015年末に設定していた。その期限を過ぎれば武力併合すると中国軍部が息巻いていたからだ。

さてその期限が近付いてきて、習近平が軍首脳に武力併合出来るのか?と質すと、それまで大言壮語していた威勢の良かった軍幹部が突然うなだれて「実は出来ません」。
先月27日、米駆逐艦ラッセンが南シナ海の中国の人工島周辺を航行した。米国が中国の海洋進出を明確に否定した訳で、もし中国軍が台湾に侵攻すれば米軍が介入することは、これで明白になった。

もちろん、中国軍は米軍との戦いも計算に入れて軍拡を進めてきたのだが、計算通りに事は運ばない。米空軍の戦闘機F22ラプターに対抗して開発されたJ20は今年実戦配備の予定だったが、いまだに配備されていない。もともと日米等共同開発の戦闘機F35ライトニングの設計図をサイバー攻撃で盗み取って設計したものだが、設計図を盗んだだけでは形状は真似られても素材を真似る事は出来ない。とてもF22に対抗できる性能ではないのだ。
空母キラーと謳われた弾道ミサイル東風21号Dも同様で、9月の軍事パレードでは勇姿を披露したが、実験で成功した形跡がない。

世界第2位の軍事費を計上しながら、中国軍の現状は、米軍はもちろん自衛隊や台湾軍にも勝てそうにないのである。

習近平主席は軍事知識がゼロに近く軍首脳にはバカにされっぱなしで、軍幹部は「報告しても、どうせお分かりにならないでしょうから」と何の報告もしないし、報告がない以上、何の命令も出せない。つまり軍を掌握していないのだ。

そんな習近平にとって軍の「実は武力併合出来ません」という告白は生意気な軍首脳の鼻っ柱をへし折る格好のチャンスだろう。武力併合できないというのならば交渉期限の設定は無意味となる。「2016年以降も交渉を続けましょう」と言うのが今回の会談の趣旨である。

台湾の国民党政権が統一交渉に前向きだったのは中国の武力侵攻を恐れていたためで、武力侵攻がないと分かれば、何を好き好んで中国共産党に跪く必要があろうか、現状維持が一番いいに決まっている。
要するに、今回の会談は「交渉を無期限に引き延ばして現状の経済的繁栄の共有を維持しましょう」という合意であり、中国は事実上統一を断念したのである。

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)

鍛冶俊樹

1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、第1回読売論壇新人賞受賞。2011年、メルマ!ガ オブ ザイヤー受賞。2012年、著書「国防の常識」第7章を抜粋した論文「文化防衛と文明の衝突」が第5回「真の近現代史観」懸賞論文に入賞。
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