鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第146号 を転載

タイで反中クーデター

タイでクーデターが起きた。クーデターとはもともとフランス語で、国家に対する一撃という意味である。具体的には軍が政権を転覆する事をいう。これは考えようによっては、軍の国家への反逆とも捉えられるが、タイなどの場合、軍隊は国王に従属しており、政権に従属していない。
国王が国家を統治するという原則に照らせば、軍が国王の命令に従って政権を転覆しても反乱にはならないわけだ。ただしこれは民主主義の原則とは相容れないから欧米などは、非難の声明を出している。

面白いのは中国で、今のところ、非難の声明を出していない。中華人民共和国という民主的な名称を持つこの国は、どうやら民主主義が大嫌いなようで欧米がタイのクーデターを民主主義の名のもとに非難するのに同調するわけにはいかないのだろう。

なぜこれが面白いのかと言えば、今回のクーデターに一番反発しなければならないのは本来、中国だからだ。タイはしばしばクーデターが起きるが、前回2006年のクーデターでは当時の首相タクシンが追放された。タクシンは親中派として有名であり、追放されたのも中国の影響力を排除するためだった
ところがタクシンが追放されても、タクシン派の勢力は強く、タクシンの妹を首相にしてタクシン派が政権に返り咲いてしまった。今回のクーデターはこのタクシン派の排除が目的であり、すなわちタイ国内の親中派の一掃である
だとするなら中国は真っ先に、このクーデターを非難しなければならない筈であろう。ところがそうしない。その理由は、どうやら民主主義に同調できないという一点ばかりではないらしい。

タイでクーデターの前段階である戒厳令が施行されたのは20日だ。この日、ロシアのプーチン大統領が上海で習近平ら中国国家首脳と会談し、中露海軍合同演習が開始された。そして各国首脳を集めた会議を開き翌日、中国がアジア覇権を取るとの上海宣言を採択した。

まさにその日にタイでは反中クーデターが準備され、米国ではその前日19日に中国軍幹部5人をサイバーテロ関連で起訴した。しかもこのサイバーテロ部隊は上海にあるのだ。上海のビッグイヴェントに冷水を浴びせかける事を明確に意識しているのである。
そして同日、ミャンマーでアセアン国防相会議が開かれ、中国の海洋進出が問題視され、21日にベトナム・フィリピン首脳会談で中国非難の声明が出され、22日には中国の支配下にある新疆ウィグルで爆弾テロが発生した。

中国が覇権を宣言するイベントに合わせて各地で反中の烽火が起きたことになる。おそらく中国はどう対応していいか、分からなくなったであろう。今頃、中南海では中国首脳たちが互いに責任を押し付けて怒鳴り合い、罵り合いを演じているのではあるまいか?

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)

鍛冶俊樹

1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

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