鍛冶俊樹の軍事ジャーナル
第108号(6月11日) を転載
米中の戦略転換
米中首脳会談が7日、8日と米カルフォルニア州で行われた。この会談が世界の注目を集めた最大の理由は、その準備期間の短さにある。通常であれば半年掛るのに、今回は5月20日に開催予定が公表され6月7日開催、3週間足らずの準備期間とは異例である。
つまり米中はそれぞれ急遽、相互に調整しなければならない事態に陥っていたのである。一口に言えば緊急事態ということになろう。
米国について言えば、中近東の情勢変化があろう。米国は一昨年、当時の国務長官ヒラリー・クリントンがアジア太平洋戦略を発表しアジア重視、中近東軽視の姿勢を鮮明にした。だが昨今のトルコ、シリア、エジプト、イスラエル、イランの情勢は風雲急を告げており、米軍の介入を本格的に検討しなければならない段階にある。
米軍戦略の要は空母にある。米国はこの2年間、空母を東アジアに貼り付けてきた。北朝鮮、中国の暴発を抑止するためである。だが空母の数は限られている。今の米国の財政状況では空母を中近東に配置すれば東アジアはガラ空きにならざるを得ない。北朝鮮危機はどうやら収束したが、中国は相変わらず南シナ海と東シナ海で挑発行為を繰り返している。この状況では空母を中近東に移動させられない。だから「中国は挑発行為をやめろ」という訳である。
中国側の緊急事態とは経済危機である。もはやバブル崩壊は目前であり中共幹部が金を持ち逃げしている。今、日米欧が投資を引き揚げれば核兵器を使わずとも環境汚染された大地の上に10億人の死体が積み上げられる事になろう。
中国の言い分は「経済支援をよこせ」ということであり、何一つ自由を認めない独裁国家・中国が経済的自由圏の構築を目指す「TPPに関心を示す」などという珍妙な言い方をするのは、経済支援要求の婉曲表現に他ならない。
「挑発行為をやめろ」と「経済支援をよこせ」という米中の言い分がどう調整されどんな合意に至ったかは(発表された合意事項ではなく両者が本音の部分でどう合意したかは)、今後数週間の中国の南シナ海と東シナ海の動きを見れば分かるだろう。
尖閣を含め両海域において中国が挑発行為をやめたなら、次は米国が経済支援を実施する番となるが、米国は請求書を当然日本に回すだろう。尖閣諸島の保険料ということになろうか。
だがこれは日本にとって悪い話とは限らない。支援の仕方は日本の裁量であり、「反日宣伝料を日本が負担する訳にはいかない」と主張して反日プロパガンダの停止を条件にすることも可能だろう。これは韓国に対しても同様であり、この戦略的転換点をうまく生かせば反日宣伝包囲網を突破できるかもしれない。
軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。
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