眞悟の時事通信(平成25年5月14日号) を転載

外交の厳しさを忘れるな

内政の失敗は、
一政権の崩壊でかたがつくが、
外交の失敗は国を滅ぼす。

この言葉は、財団法人国策研究会理事長新井弘一氏の言葉である。新井弘一氏は、駐東ドイツ特命全権大使として、一九八九年十一月九日から始まったベルリンの壁崩壊とホネカーの最後、そして統一ドイツの誕生を見届けた。その前の一九七〇年、新井氏は、東欧第一課長(ソ連担当)に就任し日ソ首脳会談実現に動き始める。そして、一九七三年十月、モスクワにおいて実現した日ソ首脳会談において、実務を取り仕切り、北方領土に関して、重いくさびを打ち込むような前進を獲得する。

このときの日ソ首脳である田中首相とブレジネフとの会談は、ブレジネフの机をたたく言いたい放題の長広舌の第一回会談から、田中首相の逆襲の第二回そして第三回目を終えてコミュニケ作成の最終会談に入った。
田中首相は、コミュニケに「北方領土」という言葉を入れられないかと重ねて質したが、横のコスイギンは同意できないという。日本側は、ソビエトのいう「日ソ間の未解決の諸問題(複数)」を「未解決の問題(単数)」と突っぱね続けてきたのであるが、ブレジネフに、「では聞くが、その諸問題とは何か」というと、ブレジネフは、口ごもって「漁業とか、経済協力とかがある」と言った。

そこで田中首相は、「では、その未解決の諸問題の中に四つの島が入っていることを確認されるか」、と四本の指を突き出してブレジネフにたたみかけた。ブレジネフは、押され気味に「ヤーズナーユ」(知っている)と答えた。
新井氏は、とっさにこの表現では弱いと判断し、田中首相に「もう一度ご確認を!」と紙面に書いて大平外相を経てパスした。そして、田中首相がブレジネフに「もう一度、はっきりと確認願いたい」と迫った。するとブレジネフは、うなずくように「ダー」(そうです)と答えた。

この日ソ首脳会談における田中首相とブレジネフの確認こそが、「日ソ間」から「日露間」に移った今日に至るも変わらない両国間の「未解決の問題」である。
十九世紀のドイツの法学者であるイエリングが言うように、たとえ一平方マイルの土地であっても国土を奪われて取り戻そうとしない国は、いずれ全領土を奪われ国として存続しなくなる。
従って、日露間の北方領土も日韓間の竹島も、奪還する意思を失った日本は亡国の危機に近づくのである。

それを何と言うことか!
我が国の一部の政治家は、ロシアの大統領プーチンが、北方領土に関して「引き分けにしよう」と言った一言に浮き足立っている。そして、二分の一で二島返還、また、三島返還でどうかと言い始めた。

馬鹿者!
領土を、不動産屋の感覚で云々するとは何事か。断じてこのような駆け引きに乗ってはならない。この問題は、直ちに、竹島、そして、尖閣、南西諸島、ひいては沖縄本島への敵の不当な侵攻を呼び込む。冒頭の新井氏の警告を噛みしめよ。このことが分からなければ、我が国は、これから、百十八年前に日清戦争に敗北した清国と同じ危機に直面することになる。

百十八年前に清国はどうなったか。日清戦争敗北後の清国を周囲から眺めていた列強は、清国には領土、権益を守ろうとする意思も力もない、実は張り子の虎だ、と判断して、餌に群がるハイエナのように権益と土地を求めて雪崩れ込んでいったではないか。

先日、新井弘一氏と久しぶりにお会いしてお話を聞いたのだが、北方領土を巡る現下の状況を観て腹が立つこと甚だしい。

こういう時に、外務大臣を経験した川口順子参議院環境委員長の前代未聞の解任があった。
その解任理由は、国会日程の無視である。彼女が中国を訪問すると、中国側が訪問日程最終日の翌日、要人と会えますよ、と彼女に言ってきた。彼女は喜んでその提案を受け入れ、帰国を延期してその要人と会った。その結果、以前からセットされていた我が国国会の参議院環境委員会が開会できなかった。そして、この非常に珍しい解任決議は、参議院における野党の賛成で可決されたのであるが、産経新聞においても、これを「野党、外交より政局」と報じている。

元外務大臣川口氏も与党もマスコミも、まったく分かっていない。ついでに言うが、解任に賛成した野党も、一部はマスコミが言うように「政局」として賛成しているので分かっていない。

まだ分からないのか。
平成二十一年十二月、与党民主党幹事長小沢一郎氏が、百四十三名の民主党国会議員を引率して北京を訪問し、国会議員全員が胡錦涛とのツーショット写真というサービスに満足した(ばかばかしい)。何故、百四十三名という国会議員の大集団の北京訪問が可能だったのか。その理由は、その訪問に会わせて国会を閉会にしたからではないか。
如何に馬鹿であっても国会議員は国会議員である。百四十三名も団体で同時に北京に行けば、国会開会中ならば国会審議はできない。また、国会開会中に国会が、百四十三名の議員の海外渡航を許可すれば、国民が承知しないであろう(国会開会中の議員の海外渡航には議院の許可がいる)。
従って、与党民主党は数にものをいわせて国会を早々に閉会にして、その閉会後に百四十三名が北京に行ったわけだ。重ね重ね言うが、なんと馬鹿なことをしてくれたのだ。

そこで、ポイントは何か。
それは、北京は日本の国会議員のこの行動を如何に観たかである。北京は、属国からの朝貢団と観たはずだ。
何しろ、自国における自分たちの任務遂行よりも北京訪問を優先し胡錦涛との写真を喜んで撮ってもらって帰っていったのであるから。

少々の外交感覚を持っていれば、これくらいのことは分かるはずだ。
この百四十三名の国会議員の北京訪問は、中国をして、日本の与党民主党を中国共産党政権の「手下」として扱ってもよいと判断せしめた。従って、民主党政権になってからの中国の尖閣への攻勢は一挙に露骨になったのである。

そこで、今度は、この五月、与党に復帰した自民党の元外務大臣が、北京の懐に入ってきた。時あたかも、中国が、連日、政府の公船を尖閣諸島の日本領海に侵入させている最中である。その領海侵犯目的は、尖閣における日本の実効支配を打破すること、即ち、尖閣を奪うことだ。川口氏の訪中は、私的か公的かは知らんが、とにかくこのような対日侵略行為を中国が繰り返している最中なのであるから、元外務大臣たるもの、訪中の予定を終えれば決然と帰国するべきである。

以下私の判断。
北京は、訪問中の彼女に中国要人との会談を提案すれば、日本の国会日程と中国要人との会談のどちらを優先させるか試そうとした。それで、会談すれば日本の参議院における環境委員会が開会できなくなる日を選んで川口氏に要人との会見を提案した。すると、この日本の元外務大臣は、環境委員会委員長の役目を捨てて会談に飛びついてきた。これ、中国共産党にとっては「ほくそ笑む」反応ではないか。
安倍政権になっても、総理は靖国に参拝しないし元外務大臣は国会日程を捨ててまで中国要人と会いたがるし・・・。
つまり、自民・公明の連立政権に戻っても、対日攻勢を安心して続けることができると、北京はほくそ笑んだ。
安倍内閣に、打てば響くような外交感覚があるならば、自ら率先して川口を委員長の職から辞任せしめ、以て、北京に日本の新政権は、前の民主党の政権とは違うぞと分からせるべきであった。

ところで、安倍総理は、十年前に小泉総理について平壌に行き日朝平壌宣言に立ち会った。その宣言における北朝鮮の約束は、核開発をしないミサイル開発をしないであった。そしてこの北朝鮮に小泉総理は第二回目の訪朝で、第一回目で生きている拉致被害者を死亡していると騙されたことも忘れたように、食料二十五万トン、医薬品千万ドルの供与を約束した。
ところが、北朝鮮は、それから、核実験を繰り返しミサイルは飛ばし、つい最近まで大陸間弾道ミサイルの発射準備完了の体制を整え日本やアメリカを恫喝していた。安倍総理も、小泉さんについて一蓮托生と平壌に行って以来、北朝鮮には騙されっぱなしではないか。
もういい加減に、北朝鮮は、日朝平壌宣言以来日本を騙し続けていると声明を発し、拉致被害者救出のため、全面的な制裁強化を宣言すべきだと思う。

以上、外交の厳しさを知らず、
不動産屋の取引ように北方領土を捉え、
北京に伺候することが外交だと思い込み、
いくら領海を侵犯されても、
いくら騙されても、
憤怒の声明一つ発しない我が国政府の姿を憂いて記した次第。

 


 
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