鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第105号 を転載

北朝鮮、四面楚歌

一昨日、北朝鮮の人民武力相・金格植が更迭されたことが明らかになった。日本のマスコミでは「北朝鮮が対米軟化する兆しではないか」とする解説が一般的だ。つまり強硬派の軍高官に強硬路線の責任をすべて押し付けて、金正恩が米大統領に「私は平和路線を望んでいたのに、軍部が暴走したのだ。軍強硬派は更迭したから、是非平和的に話し合いたい」と申し入れるためにトカゲの尻尾切りを図ったのだという説明である。
だが筆者は夕刊フジでもコメントを出したが、 http://www.zakzak.co.jp/・・・・・
この件はむしろ金正恩暗殺未遂事件に関連していると見ている。

「トカゲの尻尾切り」は既に、昨年7月に李英浩・軍参謀総長が更迭されて実施されている。しかし米朝関係は改善していない。しかも李参謀総長は父・金正日が任命していたから、「トカゲの尻尾切り」は理屈として成り立つが、金格植は昨年11月に金正恩本人により人民武力相に任命されており、金正恩の任命責任は逃れようもない。

前号で22歳の女性警官が最高の勲章を授与された件に触れたが、おそらく平壌で交通事故を装った金正恩暗殺計画が実施されたのだろう。交通整理の女性警官が忠実に職務を遂行したために計画は失敗に終わり、その若き女性は共和国英雄になったわけだが、計画に関与した人間は根こそぎ粛清されたに違いなく、金格植も連座したのではないか。

もしそうなら、金正恩の側近が暗殺に加担していた事になる。側近が裏切ったとなれば政権への打撃は計り知れないだろう。ヒトラー政権の末期にもヒトラー暗殺未遂事件があり、ロンメル元帥が関与を疑われ自殺に追い込まれたと言われる。側近の粛清は独裁政権末期の兆候である。

北朝鮮への最大の支援国である中国が金正恩を見限ったのは確実だ。金正恩政権内にも親中派は多数いるに違いなく、中国が金正恩暗殺指令を出したとも考えられる。金正恩は米韓日露そして中国に取り囲まれ、更には身内にも敵が潜んでいる状況だ。

歴史を紐解けば二千数百年前、楚の国王、項羽は漢の劉邦の軍に取り囲まれ、四方から楚国の懐かしい歌が聞こえてきたので、味方であった楚人が多数いつの間にか敵に寝返って包囲軍に加わっていたのを知るに至る。四面楚歌である。
項羽は最愛の美女・虞を敵の手に渡すに忍びず、自らの手でこれを殺し少数の精鋭の士を率いて囲みを突破する。敵の追撃をかわしつつ楚国の国境の川まで辿り着くが、多数の味方を死なせてしまった事を恥じ自らの首を刎ねて死ぬ。史記の伝える歴史の圧巻シーンである。

金正恩の心境はまさに四面楚歌を聞く思いであろう。囲みを突破し活路を見出すために飯島内閣参与を呼び出した。歴史は遂に大詰めに来た。
 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

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