国防の分野で官製談合を糾弾することの危険性は元航空幕僚長の田母神俊雄さんも指摘している。軍用機の場合は膨大な予算とノウハウが求められ、新規参入は事実上困難だ。それにもかかわらず夢見る企業が参入してくれば、従来の大手製造メーカーが価格競争に巻き込まれコストダウンなどを求められるようになる。事の内容は国防にかかわることなので予算はしっかりかけても良いはずだが、一般競争入札という一見開かれたようにみえる制度が弊害となる。そして何よりも軍事産業は重要な機密を保持することになる。社会一般的な経済活動とは違うのだ。「官製談合防止法」という法律を用いた、国防に対する妨害行為にみえてならない。

JB Press 2012.09.20(木) 桜林 美佐 を転載

汚職を糾弾する「正義」が国防を弱体化させる

次期多用途ヘリ「UH-X」発注を巡るおかしな価値基準

最近、私は非常に憂えている。オスプレイ、尖閣問題・・・国防を巡る案件はいろいろあり、考え始めるときりがないが、極めつけは陸上自衛隊の次期多用途ヘリコプター「UH-X」をめぐる一件だ。

新聞各紙によれば、9月4日に東京地検特捜部は防衛省や川崎重工などを家宅捜索し、官製談合防止法違反などの疑いで捜査が進められているという。

日本人は、自分たちの生まれた国が直面している危機よりも、むしろこの「税金が無駄遣いされているのではないか」という類の報道に大きく反応しているように見えるのは気のせいだろうか。

遅れている「UH-X」の配備がさらに遅くなる?

来日したパネッタ米国防長官は尖閣諸島を巡る問題について暴力や衝突が起こる懸念を示し、9月18日の柳条湖事件の発生日に合わせて中国漁船1000隻が大挙して同海域に向かうなど、日本は今まさに一触即発の場面に置かれている。

普通の国は、防衛力強化のために必死になるはずだが、日本はお世辞にもそうは言えない。尖閣諸島の国有化がなされたが、それは抑止力とは別のものである。

平成25年度予算概算要求は南西防衛を意識したものとなり、そのための新しい装備購入に向けた予算も組み込まれたが、全体として抑制傾向にあることは変わらない。

現政権はここで「こんな防衛費でいいのか!」と、縮小に歯止めをかけるべく防衛省に促したらどうだろうか。

とにかく、こうした状況の中で、自衛隊の装備に関して配備がなされないなどの状況は許されないだろう。もちろん、米海兵隊のオスプレイ然りである。

そんな中、陸自の次期多用途ヘリ「UH-X事件」は浮上した。

これにより、ただでさえ3年遅れとなっていたUH-Xの配備がさらに遅れ、その間にも現有の「UH-1J」は退役することを考えれば、その空白をどう補填するのか、極めて深刻な問題だ。

UH-XはUH-1Jと比べ航続距離も延び、洋上飛行も可能である。こうした島嶼防衛にも有用なヘリが使えない・・・、これでは「動的防衛力」の実現には程遠い。

それだけでなく今後、同社が手がける他の装備品も契約ができなくなるようなことになれば、わが国の安全保障環境に甚大な影響をきたすことになる。これが本当に正義だというのか?

陸自の観測ヘリ「OH-1」を改造母機としてコスト低減

この事案のこれまでの経緯をまとめてみる。
まず、2012年3月末、UH-Xの開発を川崎重工が受注することが決まった。

同社が製造している陸自の観測ヘリ「OH-1」を改造母機とし、OH-1の技術・製造基盤を活用することで、ライフサイクルコストの低減を図るということであった。OH-1は日本初の国産ヘリとして開発されたもので、UH-Xも三菱重工のエンジン含め国産ということになった。

一方、現有のUH-1Jのプライム企業は富士重工であったが、こちらはライセンス国産で同社には独自開発ヘリはない。

また、同社は「AH64D」戦闘ヘリの調達をめぐり、63機の調達計画が13機(その後、3機を追加購入)で打ち切られたことから、350億円の支払いを求め東京地裁に訴訟を起こしていたことなどもあり、国産能力を持つ川重側に優位な情勢だったというのが大方の報道だ。

そもそもヘリの国産開発はとても高度な技術を要し、固定翼は自国で作れる国も多いが回転翼を完全に国産できる技術を持つ国はそう多くないと言われている。

OH-1はそれを達成した上、将来的に戦闘ヘリへの転用も考慮されていたとも報じられており、そうなればファミリー化による効率化が図れる読みもあっただろう。

競争入札制度は必ずしも防衛装備品にはそぐわない

問題は、このような構想なども全てが「良くないこと」と世の中に受け止められることだ。34人の自衛隊幹部が同社に再就職していたことも批判の対象になっている。

9月12日の産経新聞では曽野綾子さんが「国防に必要な『天下り』もある」として、「兵器を知悉した人が、兵器の生産に携わる企業に再就職して知識と経験を生かすのが、どこが悪いのか私にはわからない」と論じ、こうした人々を締め出したら「それこそ防衛予算の無駄遣いになる」と断じている。

さらに、防衛省が「便宜を図った」とされることについても日本の企業が、下請け孫請け会社を路頭に迷わせないように無言のうちにする気配りだとして、「それこそ企業の持つ技術も育てられるのだ。それを一概に癒着だ汚職だ、と決めつけるのは全く常識的ではない」とも述べている。

今の日本にはこのような当たり前のようなことを、なかなか公に口にできない空気があり、曽野さんのように堂々と発言ができない。そんな、おかしな価値基準で物事を図っている傾向がありはしないだろうか。

同じ産経でも9月18日の社会面では「競争を排する談合によって無駄な税金が支出されるという意識すらうかがえない」と書かれていて、かなり否定的な見解だ。

しかし、そもそも防衛装備品には必ずしも競争入札制度がそぐわず、むしろそれによって無駄が発生していることからも見直すべき点が多い。このことは、先の「防衛生産・技術基盤研究会」の最終報告書でも明記された。

今回のことで、私が思ったのは、アパッチそしてUH-Xと度重なるヘリを巡る受難で前途多難となった富士重工に対し、しかるべき配慮がなされていたのかということだ。同社が防衛部門からいなくなるようなことになれば、それこそ国の損失と言える。

しかし、そういうことが「談合」や「癒着」だというわけで、昨今は温情の関係は望めなそうだ。

つまり、国産の防衛生産・技術基盤を維持するという試みは、この認識の大改革が必要ということになる。道は険しい。

 
 


桜林 美佐 Misa Sakurabayashi
1970年生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作した後、ジャーナリストに。
国防問題などを中心に取材・執筆。
<主な著書>
奇跡の船「宗谷」-昭和を走り続けた海の守り神
海をひらく- 知られざる掃海部隊』
誰も語らなかった防衛産業
日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災

オフィシャルサイト: 桜林美佐
ブログ: 桜林美佐の新・国防日記