「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24(2012)年1月6日通巻第3534号<北朝鮮特集号>を転載

北朝鮮はどうなるのか

金正恩新政権の中枢はファミリーと家庭教師、保護者,PTAの仲良しクラブ
まだ無名の三名に注意、あとはヨボヨボ爺さんばっかりじゃん

▲カート・キャンベル国務次官補が、北京、ソウルそして東京を急遽訪問
キャンベル米国務次官補は北東アジア担当の外務官僚。日本の外交関係者なら誰でも知っている(筆者も一度会った)。

4日、かれは急遽、北京へ飛んだ。
「中国はいまのところ、北朝鮮に影響力を行使しうる唯一の国であり、米国と中国は朝鮮半島の安定化のために共通の利害があり、情報をシェアできる」と呼びかけたキャンベルは、あきらかに中国側のニュアンスを探ろうとしていた。

翌日、ソウルへ入ったキャンベルは記者会見し、「金正恩体制は安定しておらず、軍を固めるために突出して軍事暴走をやらかす危険性がある」とした。在韓米軍は28500名。奇襲があれば、悪影響が出る(ヘラルドトリビューン、1月6日)。
キャンベルは本日(6日)、東京へ飛来し政府要人に会見する。

▲北朝鮮の新指導層の内幕

金正日の棺を囲んだ「七人衆」。
金正恩の次は張成沢、以下序列的に言えば、金巳男(軍書記、85歳)、崔泰福(人民会議議長、81歳)、李英浩(軍参謀総長、69歳)、金永春(人民武力相、75歳)、金正覚(軍政治局員、第一副局長。70歳)、兎東則(国家安全保衛部第一副部長。69歳)の順番だった。
この「七人衆」は金正日が最晩年に抜擢した幹部ばかりで、とくに張成沢に近い人脈である。彼らからみれば29歳(推定)の金正恩は「がき」としか映らないだろう。

すなわち金正恩政権で最大の影の実力者は張成沢であり、金正日の妹の金敬姫の夫。
棺を二番手に囲んだ金巳男(下欄に詳細)につぐ地位の崔泰福は外交の補佐役と見られるが、81歳。途中で羹錫柱に交替の可能性もある。

さて葬儀、追悼集会で並んだ序列はと言えば、金正恩の右に李英浩、金永春、李勇武、呉克烈、金巳男、張成沢、崔泰福。左へは金永南、崔永林、金敬姫、金へい鎬、金国泰、楊享焚、羹錫柱である。
この場合、重要な序列は正恩の右側に並んだラインである。

▲無名だった軍事の家庭教師=李英浩が突如脚光

とくに「軍事の家庭教師」といわれ、多大な影響力を持つのが、李英浩(リヨンホ)だ。李英浩は葬儀委員会序列四位。葬儀序列四位。追悼集会でも金正恩の真横に立った。張成沢に近く、異例の出世のため軍隊内部には反発する声もある。
1942年生まれ。万景台革命学校から金日成革命学校。首都防衛の任にあったとき、金正恩に砲術を指導したと言われる。いわば金正恩の軍事指南役。
09年に参謀総長に抜擢され、2010年9月、正恩デビューと同時に党政治局幹部会メンバー入り。同時に中央軍事委員会副委員長となって軍の次帥にも昇格した。
この李英浩が「ソウルを火の海にする」と獅子吼し、延坪島砲撃事件を主謀した。韓国の北朝鮮ウォッチャーの間では「砲撃の天才にして野心家。右腕で甘んずる筈がない」と観測する向きが多い。
しかし李英浩はすでに69歳、野心を実践するには歳をとりすぎていないか。

金永春(キムヨンチュン)は葬儀委員会序列第五位、葬儀順位第六位。
人民武力部長(国防部長)の金永春はソ連留学フルンゼ・アカデミー卒業。党副主任を経て人民武力部作戦部長、機甲化部隊主任、第六師団司令官、参謀総長、そして中央軍事委員会副委員長。政治局員に。
この金永春は金正恩の世襲に反対し、ほかの候補を支援していたため、今後の影響力低下は避けられないだろうといわれたが、生き残った。1936年生まれ。

金巳男(キムキナン)は葬儀委員会序列第八位。葬儀準備第九位。
この政治局長はすでに85歳であり、老世代として象徴的飾りとして終わるだろうと予測されるものの金正恩のデビューを事実上仕組んだのは、この金已男である。
世襲のための宣伝を演出し、2010年九月に政治局入りしている。党の農業部と宣伝部部長、党歴史研究所長。つまり政治宣伝と改竄の専門家と見られる。
外交部で儀典ならびに中国担当の経験があり、中国とのパイプ役として存続する可能性はある。

▲注目の新星は三人

兎東則(ウドンチュク)は1942年生まれ、69歳。2010年九月に中央軍事委員会委員。国家保衛部副主任、09年に将軍。つまり公安系のボスだ。
兎は金日成大学を卒業し、安全保障分野で正恩に助言する。これから影響力を増大させるとみられる。葬儀委員会、葬儀序列はともに二十位いないにはない。
ところが棺をかつぐ七人衆に選ばれている。

金正覚(キムジョンガク)は1941年生まれ、70歳。葬儀告別式序列は17位。現在は軍総政治局第一副部長だが、棺をかつぎ「七人衆」に入っており、対中軍事交流関係で知られるが、金日成大学を卒業し、旅団副団長から陸軍内で正恩世襲を支持してきた。軍と党とのパイプ役を果たすうえ、兎東則とともに影響力を増すだろう。
軍では出世の階段を上り、07年に陸軍政治部第一副部長、10年に中央軍事委員会委員、同時に政治局員候補。陸軍内で強く正恩を支持したため、今後影響力を増す。

崔竜海(チェリョンヘ)。葬儀委員会序列18位。葬儀追悼会序列では二十位に入っていないが、注目である。
崔は1950年生まれ、上に並んだ指導部の誰よりも若い。といっても還暦はすぎているが、北朝鮮のトップたちは70歳台から80歳台である。

崔は抗日パルチザンの子供だったと自称。中央軍事委員会委員。中央委委員候補。将軍。2010年より党書記。金成日社会主義青年同盟第一書記。
崔は金日成大学を卒業し、金にもっとも忠実だった崔国防大臣の息子、金正恩と同時に将軍に昇格した。
つまり金正恩の側近ナンバーワンとして、権勢を振るうことになりそう。

▲米国では早くから北の予想がなされていた

ワシントンにある「北朝鮮人権委員会」の報告書『我々は変化を期待できるのか?』(筆名キム・クワンジン)という報告書が米国で出たのは金正日急死の前である。
ポスト金正日を予測して、北朝鮮がそのご、どうなるかを予測した書で、関係各所では評判が高かった。

この報告書は序文をリチャード・アレン(レーガン政権大統領安全保障担当補佐官)とチャック・ダウンズ(作家、『拉致報告書』)が寄せている。
要約してみよう(原文は英語)。

(1)北朝鮮の現状は不安定と不明瞭と新しい危機へ向かう権力の移行期だが、最初の世襲移譲(金正日)と、こんかいの世襲(金正恩)とにはいくつかの際立った相違がある。北は『金日成の国』であることに替わりはなく、金正恩の世襲は周到に用意された。
まず父親の金正日は金日成の名前を利用することによって権力を掌握した。その孫である金正恩は「金日成の孫」を演じることによってしか権力を固められず、また権力を確実なものとすることは叶うまい。
いずれにせよ金正恩体制が明確に確立されるまでに混乱、頓挫、予期せぬライバルの出現など不測の事態が発生するだろう。

過去、金ファミリーは権力の継承を第三世代に移譲することに集中してきた。
2010年9月29日、第三回党代表者会議を開催したが、これはじつに44年ぶりである。この場で金正恩の後継が決まるのだが、その数時間前に、金正恩には四つ星将軍の地位が与えられた。しかも党軍事委員会副委員長ポストが同時に与えられた。これは最高司令官の次のポストである。
つまり次期党総書記になることを自動的に意味した。金正日の死去とともに、正恩が党と軍を掌握するという隠れたメッセージが込められていた。
すぐに中国の代表団を受け入れ(李克強副首相が公式訪問し金親子と記念撮影)、軍事パレードを閲兵し、陸軍ならびに秘密警察本部を訪問し、父親が世襲した儀式の速度よりも早く形式上の後継手続きを済ませていた。

(2)2010年10月10日の軍事パレードで親子が式典に臨むが、すでに金正日の健康状態が悪く、世襲の認知を急いでいることが判断できる。神格化された金日成に似せるため、体格からヘアスタイル、服装まで工夫がされ、カメラのアングルも祖父そっくりな影像が演出された(サインまでお爺さまに似ているそうな)。
さらには事前に反対する勢力への予防的先制攻撃がかけられていた。

金正恩時代の新しい権力基盤は党と軍の整合を示している。
北は法治の国ではなく個人と党と軍の幹部への直接的な関与によるものである。つまり党、軍、行政の合法性は慎重に破壊されており、気がつけば党と軍と行政は金正恩への忠誠を誓う態勢へと、お互いがスパイしあう競合状態のなかで巧妙に作り上げられていたのだ。(これが「先軍思想」に隠されていた真実だ)。
すなわち死後の権力の空白を恐れた金正日は中央軍事委員会が、党と軍を整合して最高意思決定をおこなえる態勢としたことである。その副主任を息子として認定したのが、44年ぶりの党代表者会議という演出であったわけだ。

▲金ファミリー

(3)突然、金正日の妹が将軍となり、その夫がNDC副議長となり、上層部を固めた。金日成の母親の親戚で核交渉の代表でもある羹錫柱(カンソクジュ)が副首相として政治局へ入り、権力移行を円滑化できるパワー・エリート集団がかためられた。
人民会議議長だったヤンホンソプと金日成の従兄弟のリヨンムが加わり、これらが政治局メンバーとなり、ここに金永南、チョイヨンリム、キムヨンチュン、キムカクタエ、キムキナン、ジュサンソン、ホンドクヒョンらが加わるのである。これらは権力中枢ならびに近衛兵トップの地位についた。
しかし拙速な『組閣』でもあり、なにか問題があると一致団結性に問題が起きるだろう。

(4)潜在的な難題とは世襲問題にからみつき、第一は「ワンマン独裁」が可能か、どうか。経済改革にのりだすには内外の支援が必要だが、金正恩にその政治力が期待できない。
となると、第二は背後に集団指導体制が見え隠れする。
正恩が若すぎること、未経験であることにより、金王朝後継といえども、「金日成の孫」という以外、なんの合法性もないわけだから、父親=金正日の権力基盤確立の過程がそうであったように支援集団の形成となるだろう。北ではトップ不在のまま、二番目の副官クラスがよく管理してきたように。

(5)この文脈から張成沢が首相に金敬姫が党の総書記代行を演じるシナリオも考えられた。
上層部はほぼ金正恩世襲態勢支援でかたまっているかにみえるが、それぞれの内情は複雑である。
とくに長男=金正南の振る舞いをみていると、不測の事態が金ファミリーのなかに発生していることがわかる。正南は世襲にさえ反対してきた。ファミリーのらち外におかれた親戚集団が金正南と組んでの挑戦もあるかも知れない。

張成沢グループとて、固く団結した一枚岩とは言い切れず、金正日時代にも張は数回、姿を消していた。その度ごとに復活してきたうえ、いまでは党、党軍事委員会、政治局、保安部をおさえている。
つまり彼が個人的野心をもって世襲態勢を破壊し、新しい権力の確立へ動く可能性を秘めている。

▲権力移譲は円滑に済んだが問題はこれからだ

(7)軍事クーデタは起こりうるか。
権力に空白が生じた場合、独裁体制を終わらせ新しい権力機構をつくりだすには軍事クーデタしか考えられない
しかし軍内に派閥をつくることは禁止され、また技術的にも軍閥形成は不可能だった。つねに監視され偵察されていたからだ。

だが、金正日の突然死による権力の空白は、相互監視という緊張が切れるときでもあり、イデオロギー的な、あるいは挑戦的スローガンを掲げての軍の決起というシナリオも否定しえないだろう。
外的要因としては中国、そして米韓のリアクションがどうなるか。いずれにせよ、変化の兆しはあり、現状維持をのぞむ現在の高層部と挑戦的な世代、軍の若手などの軋轢が存在する。

当面、金正恩は「最高指導者」と呼ばれ、張成沢らの後見人に囲まれながら、政治権力の掌握に努力するだろう。中国が介入しなければならないほどの混乱が生まれるか、宮廷内訌、内紛が悲劇を生むか。いずれにしても三代目が円滑に国を治めるとは考えにくいのも事実であろう。

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