石平(せきへい)のチャイナウォッチ
2012.07.13 No.184号 を転載

外相会談で見る 中国の「尖閣ジレンマ」

7月11日午後、日本の玄葉外相は訪問先のプノンペンで中国の楊外相と約50分間にわたり会談した。
その中で、玄葉氏は中国が領有権を主張する尖閣諸島について「平穏かつ安定的に維持管理していくことが重要だ」と述べ、日本政府として国有化に向けた調整に着手したことを伝えたのと同時に、中国漁業監視船が11日に尖閣諸島周辺の日本領海に侵入したことにたいしては強く抗議した。

それにたいし、中国の楊外相は尖閣諸島について「古くから中国固有の領土であり、中国は争う余地のない主権を有している」と従来よりの主張を繰り返した一方、「今年に入り中日関係には際立った問題が存在している」と述べ、日本側に対して「適切に処理し、障害を減少させる」よう求めたという。

それは明らかに、東京都の石原慎太郎知事が尖閣購入を表明、日本政府も国有化に向けて動きだしたことが念頭にあるとみられるが、玄葉氏によると、中国側は尖閣国有化や東京都による購入計画に直接言及しなかったという。
会談の中で楊氏はさらに、「対話と協議を通じて対立をコントロールする正しい道に戻り、実際の行動で両国関係の大局を維持する」とも述べた。

この会談は、東京都石原知事の尖閣購入と日本政府の国有化方針の表明が行われた後で開かれた初めての日中外相会談である故に、日本側の動きに対して中国がどう反応するのかは注目の的となっていたが、会談における楊外相の姿勢はある意味では、まったくの拍子抜けと言ってよい良いほどの「穏やかな」なものである。

中国政府が従来より「尖閣は中国固有の領土」だと強く主張していることは周知の通りである。
このような立場からすれば、本来なら、「中国の固有領土」である尖閣を日本の領土として「国有化する方針」を日本の政府から正式に伝えられれば、中国政府としてそれに強く反発して「断固として拒否する」ような意思を明確にかつ正式に表明しなければならなかったはずである。

しかし意外なことに、会談の中で楊外相は一応中国政府従来の立場を繰り返して主張しているのだが、日本側の「尖閣国有化方針」にたいしては明確な表現で抗議したり拒否したり、あるいは方針の撤回を求めたりするような発言はいっさい行わなかった。それどころか、会談の中で中国側は尖閣国有化や東京都による購入計画に直接言及しなかったことが玄葉外相の証言によって判明されているのである。

つまり中国側は明らかに、日本側の尖閣購入と国有化の動きに正面から対処しようとするのではなく、むしろ意図的に避けて通ろうとしている模様である。

中国側のこのような姿勢は、日中外相会談にたいする中国国内の報道の仕方から見てもよく分かる。
会談が行われた当日の夕方、新華通信社はプノンペンから会談にかんするニュースを一本だけ配信したが、その中では、日本政府が中国にたいして「尖閣国有化」の方針を伝えたことはまったく報じられていなかつたし、日本側の玄葉外相の発言はいっさい取り上げられなかった。日本の新聞でも報じられているような中国の楊外相の発言だけが一方的に伝えられただけである。

そして翌日の人民日報の朝刊を開いてみると、目を疑いたくなるほどの事態がさらに起きた。
16面からなる当日の人民日報朝刊は最初から最後まで、前日の午後に行われた日中外相会談については一言も触れなかったのである。

つまり中国政府は、玄葉外相が「日本政府の尖閣国有化方針」を中国側に正式に伝えたという重大な事実を国民の目から完全に隠蔽したのである。

それは一体なぜなのか。
なぜ中国政府は日本政府の「尖閣国有化方針」にたいして正面から対決するようなことを避けているのだろうか。なぜこのような重大な事実を国民の目から老い隠さなければならないのだろうか。

その理由はやはり、尖閣問題を巡って中国政府の抱える深刻なジレンマにあるのであろう。

周知のように、中国政府はとにかく、尖閣諸島は自国の領土であると強く主張している。
だが現実的には、尖閣は日本の領土として日本の実効支配下にある。
中国は今、この現実を変えることもできないし、日本側による実効支配強化の動きを阻止することもできないはずである。

そうすると、「尖閣問題」で何か大きなトラブルでも起きれば、苦しい立場に立たされるのはむしろ北京政府の方であろう。日本との争いが表面化すればするほど、自国の「領土・核心的利益」である尖閣を「奪還」できない中国政府の無力さが国民の前で露呈してしまうからだ。しかも、秋の共産党大会開催を控えて国内の安定維持を何よりも重んじる今の胡錦濤政権には、尖閣問題で日本と事を構える余裕なんかはないはずである。

こうした中で、日本側の尖閣購入や国有化の動きにたいし、中国政府は大きな声で反発して日本との全面対決に突入するような事態をどうしても避けたいのであろう。
いったん国内世論が盛り上がって猛烈な「反日・尖閣奪還運動」でも全国的に広がっていけば、事態の収拾に困り果てるのは中国政府の方であることは明らかだ。

だからこそ、中国政府は日本側の尖閣国有化方針にたいしては強硬姿勢に打って出ることも出来ないし、国民にそれを知らせることすら出来ないのであるが、逆に言えば、このような状況は日本側にとっては、むしろ尖閣にたいする実効支配を強化していくのに好都合ではないのだろうか。

( 石 平 )

 
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