3月1日夜に起きた昆明殺傷事件は発生直後からウイグル人による犯行と報じられてきたが、この中国メディアの報道には当初から疑問がたえなかった。
なぜウイグルから遥か数千キロ離れたところで行われたのか。わずかな時間に刃物を持って数十人を殺害するという、特殊訓練を受けた兵士でなければできないような犯行。火力をもってする従来の過激派テロとは違い、刃物だけで短時間に多くの命を射止めた犯行を「イスラム過激派と連携したウイグル人によるテロ」と報道している。

この事件に関してとてもわかりやすく解説されているので転載する。
メルマガ 『台湾の声』 2014.04.03より

分りやすく言えば、昆明殺傷事件は習近平派対江沢民派の権力闘争の一環なのだ。
悲しいことに、ウイグル人はこのようなパワーゲーム中で悪者とされ、犠牲となっている。それによって民族絶滅の危機も更に深まっていくのだ。

【中国の深層】昆明惨劇の黒幕

「ヴェクター21」4月号より転載
鈴木上方人(中国問題研究家)

●「テロ事件」と決めつける中国当局

3月1日の夜9時20分頃、中国雲南省昆明駅構内で殺傷事件が起こった。覆面姿の男女8名が東トルキスタンの印のついた黒い服で身を包み、刃物で無差別的に通行人を切りつけ、わずか十数分の間に29名を殺害、130名以上に重軽傷を負わせた。中国当局の発表によると犯人の内4名は警察によって射殺され、4名は逮捕された。中国政府は事件発生のわずか4時間後に「ウイグル独立分離組織による重大な暴力テロ事件だ」と決めつけたのだ。

3月5日から12日まで開催された重要政治イベントである「両会」(中国全国人民代表大会と政協会議)の直前に起こったこの事件には様々な憶測が飛び交っているが、中国のマスコミは当局の姿勢に合わせて扇情的に報道しウイグル人の「残虐さ」を殊更に強調している。日本のマスコミもほとんどが中国と同じ目線で伝えているが、欧米のマスコミは「テロ事件」と括弧付けで中国政府の発表を疑いながら報道している。

●疑問点が多すぎる

常識的に考えれば、確かにこの事件は疑問点が多すぎるのだ。テロ行為が分離独立運動にプラスかマイナスかは別として、合理的に思考する組織であればテロを実行する以上、短時間にできるだけ沢山の犠牲者を出し、その威嚇効果を最大限に利用するであろう。それならば、目立たない格好で警戒されずに実行することは鉄則なのだ。しかし昆明事件の「テロ実行犯」は全員上下黒服の覆面姿で一際目立っている。しかも決死の覚悟でテロを起こそうとする彼らは爆弾を使わず、極めて効率の悪い刃物を使っている。

中国当局は、ウイグル分離独立運動はタリバンと連携していると対外的に宣伝しているが、それが本当ならばとっくに自爆テロの手法はタリバンから伝授されて、刃物を使った決死隊は必要なかったのではないだろうか。

●中国当局の言い分を垂れ流す日本のマスコミ

日本のマスコミの論調をみていると、昆明事件はウイグル人の漢民族への憎しみから生まれた一連の暴力行為だと論評している。「両会」の直前に新疆ウイグル自治区から遥かに数千キロ離れた雲南省の昆明でテロを起こしたのは、手薄になった警備の隙を狙うためだという。だがこれは中国当局の言い分を垂れ流しているに過ぎない。警備の隙を狙うなら、わざと昆明駅の構内でテロをやることはしないはずだ。中国ではどこの駅でも警備が厳しい。警察が構内の至るところにおり、監視カメラはあらゆる箇所に設置されている。それに武装した機動隊が必ず駅の周りをパトロールしているのだ。実際、今回も事件が発生した直後に警察が駆けつけてきて「犯人たち」は射殺された。

事件に対する日本のマスコミの分析は、新疆ウイグル自治区におけるウイグル人と漢民族との所得格差、宗教、文化の違いによる摩擦などと知ったかぶりの論調ばかりだ。その様な論調であるから当然2009年7月5日にウルムチで発生した大規模暴力抗争事件を2013年10月30日の「天安門車炎上テロ」と結びつけ、「漢民族を憎むウイグル人が暴力で訴えた」と結論付ける。これらの表面的分析のほとんどは裏付けのない空想の産物であり、無暗に中国当局の宣伝を加担しているだけである。

●終わらぬ江沢民対習近平の暗闘

では真相は何なのか?

2012年春に幕開けされた薄煕来事件は、中国共産党政権の権力闘争の一環であることは周知のとおりだが、その決着はいまだについていない。その年の9月15日から18日までに発生した中国各地の反日デモでは「釣魚島是中国的、薄煕来是人民的」(釣魚島は中国のもの、薄煕来は人民のもの)というプラカードがあらゆる場所で見かけられ、デモの中心にはいつも毛沢東の写真を掲げて「薄煕来支持」を叫ぶ集団があった。一連の反日デモは明らかに「反日」という免罪符を使った中共の内部闘争であろう。

薄煕来事件の主役は当然薄煕来であると思われがちだが、薄煕来は江沢民、曽慶紅、周永康などの権力者で構成しているマフィア集団の中堅幹部でしかない。このマフィア集団のメンバーたちは習近平政権になった今でも政、党、軍の要職を占めており、習近平サイドと熾烈な権力闘争を展開している。至近の例としては2014年1月21日に国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)による海外隠し口座を保有する中国要人の公表だ。中には江沢民の政敵である習近平、胡錦濤、温家宝の家族の名前がずらりと並んでおり、彼らが海外に隠し持った資金総額は数兆ドルに上るという。

このリストを誰がICIJに漏らしたのかは報道されていないが、政権中枢にいる人間以外に知り得ないリストであることは言うまでもない。これは明らかに習近平サイドへの反撃であり、習近平に致命的な一撃を喰らわせようという伝統的な闘争手法である。しかしこの挙動は逆に習近平らを刺激し、彼らは反撃として元政治常務委員で石油利権のボスである周永康の側近と長男を含む親族を逮捕した。更に「両会」で周永康の党籍はく奪と拘束も予定されているが、その直前の3月1日に昆明の殺傷事件が起こったのだ。結果として「両会」では周永康の処分にはまったく触れずに閉会した。

分りやすく言えば、昆明殺傷事件は習近平派対江沢民派の権力闘争の一環なのだ。そして昆明で事件を起こすことは特別の意味もある。昆明にある人民解放軍の第14集団軍は薄煕来の父親・薄一波が創設した刃物を巧みに操る山岳戦を専門とする部隊だ。この部隊は薄煕来の私軍と言われるほど薄煕来の影響力は絶大で、実際に2012年2月に薄煕来の元側近である王立軍がアメリカ領事館へ逃げ込んだ直後、薄煕来は昆明に来ていた。この事件は軍事力を背景にする闘争もありうるというメッセージなのだ。

わざと見破れられやすい恰好で事件を起こしたのは、黒幕の存在を敢えて隠さずに習近平に警告する意味合いが強い。「両会」の議事進行を見ている限り、この効果は絶大のようだ。更にウイグル人のテロ暴力事件に見せかけることは別の狙いもある。それは中国人のウイグル人に対する憎しみを増大させる事だ。こうした暴力事件が多発すればウイグル人と漢民族との間の衝突も拡大され、社会が不穏になりやすく、習近平の失政に繋がる。現に事件後の中国のインターネットの書き込みではウイグル人に対するヘイトスピーチで充満しているのだ。

悲しいことに、ウイグル人はこのようなパワーゲーム中で悪者とされ、犠牲となっている。それによって民族絶滅の危機も更に深まっていくのだ。

(すずきかみほうじん)

リンク
『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.html