アメリカの覇権が衰退していくなか、アジアの平和と安定の軸と成り得るのは日本だ。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成25年(2013)5月15日 通巻第3941号 を転載

オバマの米国が「アジア太平洋に軸足を移す」と公言して1年半を閲したが、軍事的シフトは進まず、外交と経済が先行し、中国が妨害外交と軍事示威を活発化

こんどは「沖縄を盗む」(琉球奪還)と言い出した中国は、小さな尖閣諸島ていどではおさまらないらしい。反日で洗脳された若者の一部は中華民族ショービニズムに熱狂を見いだす。しかし、なぜか反米には向かわない。

ネット言論は巧妙な表現で、事実上の言論の自由を獲得した若者達は共産党の宣伝、政治プロパガンダに容易には引っかからなくなった。そのうえ、賃上げ、待遇改善のストライキは女性が主導権を握っているケースが激増して、従来の労働運動と異なる側面をみせてきた。

ヒラリー・クリントンが国務省を去り、親中派のジョン・ケリーがやってきて、まるで米国は中国との関係を元の軸足に戻すかのようである。
実質的に、東アジア外交を仕切ったカート・キャンベルもオバマ政権を去り、国務省に米国版チャイナスクールが捲土重来。
むろん、有形無形で中国の支援がワシントン、ニューヨークなどで行われ、議員の中国への招待攻勢も活発である。
しかしペンタゴンは「ハッカー戦争をしかける中国」を名指しで批判している。

イラクから米軍は撤退し、二年以内にアフガニスタンからも米軍主軸の多国籍軍が撤退するためパキスタンは急速に反米に傾斜し、中国との同盟を強化した。シャリフ元首相が政権に返り咲くのは時間の問題であり、アフガニスタンも、タリバンの勢力が挽回するが、NATO軍のカンダハル軍事作戦(二年前は総攻撃タリバン殲滅を謳っていたが)はいつの間にか立ち消えとなった。

すでにオバマはアフガニスタンへの軍事攻勢を一切やる気をなくしている。アフガニスタンの麻薬栽培はアメリカ介入前の水準に回復したという。

アセアン首脳会議の席上、オバマは北豪ダーウィン基地に海兵隊を駐留させるとし、印度との軍事協力関係を強化し、シンガポールへの艦船(戦闘艦)の繋留が行われ、タイで行われた「コブラ・ゴールド」にはアセアンの殆どの国が軍事訓練に参加した。ミャンマーとは劇的な復交を遂げ、そのミャンマーは当該軍事演習にオブザーバーを派遣し、ティンセイン大統領はワシントンを訪問した。

アセアン各国は米国の「軸足移行」を本気と錯覚して、米国より先を走った。
しかし、米国は外交宣伝において中国を孤立化させるとは公言しておらず、事実上、中国囲い込みの軍事力移動を行い、これを「ピボット」或いは「リバランス」と言ったのだが、軍事的展開は遅遅として進んでいないのである。

そもそも「財政の崖」によって米国は強制的予算カット、その標的は軍事費であり、いずれアジア太平洋が「中国の海」となるシナリオも想定済みである。

▼「アジア重視」と言っても軍の配置換えは予算と兵站、時間がかかる

パネッタ前国防長官は「米国は海軍の60%を太平洋アジアへ移行する」と言った。しかし「2020年までに」という付帯条件をつけた。
軍の移動には基地の建設、新設あるいは改修工事、人員の配置並びに兵站ルートの確保があり、数ヶ月の単位でなされる。

アフガニスタンへの派遣、軍事力増強には一年以上の歳月を必要としたし、イラクから撤退する軍事力の配置換えに18ヶ月をかけた。
現在米国海軍は283隻の艦船を保有するが、太平洋とインド洋に展開しているのは、このうちの52隻である。
この「52隻が62隻となるのが2020年」という目標である。

アセアンが先行して走り出したという意味は、第一にTPPが中国を除いた構成メンバーになっている上、日本が交渉への参加を表明したこと。だがTPPは、たとえ実現しても、それほどの効果が期待できないだろう。

第二に米国の強い同盟国である日本が、米国の意を対するかのように、アセアン重視外交を積極化させて、安倍首相はベトナム、インドネシア、タイ訪問に引き続き、モンゴルを訪問したこと。

第三に日米の経済的な軸足の変化を感得したアセアンが本気になって日本に近づきつつあり、中国・韓国の要人は訪日しなくとも、ブルネイから国王が来日し、ミャンマーから大統領が駆けつけ、このあとも交流の深化と日本企業の進出加速が予定されている。

中国はこれを「混沌を伴わない軸足の移行であり、意図されてはいないけれども事実上の中国封じ込め戦略ではないかと深刻に受け止めている」(英誌『エコノミスト』、5月11日号)。

 


 
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