金正恩、敗れたり
北朝鮮の金正恩第1書記は遂に決断を下せなかった。祖父・金日成の誕生日である4月15日までに中距離弾道弾ムスダンを発射出来なかったのである。もちろん16日以降も発射の可能性はあるが、今後発射すれば対北制裁はいよいよ強化され、北朝鮮は苦境に陥ることこそあれ、救いが来ることはあり得ない。
4月15日がなぜ分界点になるかと言えば、いままで何度も4月前半に弾道弾を発射しており、いわば祖父の誕生を祝う祝賀行事化していたからだ。つまり15日以前に発射すれば祝賀行事との言い訳もできた。16日以降となれば国際社会に対する明確な敵対行為としか捉えようがない。
このまま発射を見送り交渉のテーブルに着く公算が高いが、交渉して大した見返りを獲得できなければ、金正恩の失敗は彼の配下の将軍や側近達の目にも明らかになる。中国あたりでは既に「金正男に取り替えろ」との声が出ていると言う。夫人とともに銃殺刑に処せられたルーマニアの独裁者チャウシェスクの運命は、もはや人ごとではない。
なぜ金正恩は決断できなかったのか?米中の連携を挙げる向きはあろう。しかしケリー国務長官が北京を訪問したのは13日、北朝鮮は10日には発射すると見られていたから、10日の段階で金正恩に発射を躊躇させる何かがあったことになるが、それは米中連携ではない。
4月8日、岸田外相はヨーロッパを訪問、オランダ、ドイツ、英国の外相とそれぞれ会談(8日、9日、10日)し対北非難で合意している。11日にはロンドンでのG8外相会合で対北ミサイル非難議長声明を出させるのに成功した。
EUは核実験後の2月18日に既に北朝鮮への一部金融制裁に踏み切っており、上記の諸会談はもし北朝鮮が弾道弾を発射すれば、本格的な金融制裁に踏み切る事を示唆している。スイスの銀行には金正恩の秘密口座があることは確実だ。もしこの口座が凍結されれば、金正恩は破産である。
安倍政権は「10日発射は確実」と見られていた5日の段階で「発射は北朝鮮にとって利益にならないことを理解させる」と述べている。つまり8日以降の岸田外相の動きは政権全体として計画されたものであった。
安倍外交の勝利と言ってもいいのではないか。
軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。
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