鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第65号(7月2日) を転載

オスプレイと拉致問題

さて昨日の産経新聞の一面トップの見出しは「オスプレイ配備朝鮮半島有事に威力」である。「オスプレイは尖閣を守る」という本誌に対抗した訳でもあるまいが、この記事は重大な問題を孕んでいる。

そもそも沖縄に米軍が基地を置いている理由として、米国自身は朝鮮半島有事への対処を挙げる。実は台湾防衛も大きな目的なのだが、米国は中国と国交を持っており「一つの中国の原則」を尊重する建前上、あまり口に出せない。
北朝鮮とは国交がないから、基地の目的を朝鮮半島有事としておいた方が外交上支障がない訳だ。従って沖縄へのオスプレイ配備も朝鮮半島有事への備えと説明するのが無難だという事になる。

その意味で産経の記事は間違ってはいないのだが、オスプレイの行動半径は約700kmである。沖縄からの距離を測ると尖閣までは約440km、台湾北端まで約700km、韓国中部まで約1100kmである。
空中給油すれば韓国中部までが行動半径に入るというのが産経の説明だが、この数字を見ればオスプレイは尖閣防衛に圧倒的な威力を発揮することは明らかではないか。やはり産経も中国を刺激する事を恐れているのであろうか?

もし「オスプレイは中国さまの脅威にはなりませんよ」と中国を騙す意図だけなら、この記事は出さない方がよかった。この時期にオスプレイと朝鮮半島を結びつけた記事を敢えて出す事はかえって余計な憶測を生むことになる。

現在の自衛隊の装備では、北朝鮮に拉致されている日本人を救出することは出来ない。出来るのは米軍と韓国軍であり、もし北朝鮮が崩壊しても米軍と韓国軍が救出してくれるのを日本は見守っている他ない。

もし救出するとなればオスプレイは最適の兵器であろう。北朝鮮が油断しているときを狙えば、崩壊時でなくとも救出できるかもしれない。岩国から1回の空中給油で十分往復できるのだ。
だがこれはあくまで北朝鮮の警戒が緩んでいるときを米国の情報能力が探知して行う作戦であって、警戒体制が強化されれば実施は困難だ。防衛省幹部に取材したというこの記事を北朝鮮が読めば当然警戒を強化するだろう。

米軍がこうした作戦をどの程度真剣に検討しているかは定かではない。しかし産経の記事が選択肢を狭めてしまったのは間違いない。

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

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