軍事ジャーナル【5月12日号】 を転載

米軍は同性愛集団か?

昨年のクリスマスの頃、ヘラルド・トリビューン紙に掲載された写真は、米海軍の若く美しい二人の女性水兵が軍艦の前で接吻を交わす場面であった。1970年代に流行ったフランス映画「エマニュエル夫人」を彷彿とさせる光景だなと思ったら、配信元はフランスの通信社AFPだった。

オバマ大統領は昨年、米軍内での同性愛を容認したから、早速、軍にエマニュエル夫人が出現した訳だ。今年は遂に同性婚の容認が大統領選の争点になった。
同性愛はしばしば軍隊の宿阿の業病の如く言われるが、実はそれは米軍だけの問題であって、自衛隊はもちろん英軍にも仏軍にも独軍にも問題は存在しない。軍隊は現在でも男性の比率が高いが、平時には外出は自由であり、結婚すれば一般サラリーマンと同様、自宅から通勤する。
従って軍隊における同性愛の比率は、一般社会におけるそれと左程変わらない。つまり米軍において同性愛の比率が高いのは、米国の一般社会における同性愛の比率が高いことの反映に過ぎない。

米国はなぜ同性愛が多いのかと言えば、移民という歴史的原因に帰せられる。米国は移民により人口を増やし続けてきた。18世紀に100万程度だった人口は20世紀初頭には5000万人に達するが、急増の最大の要因は移民である。

移民して来るのは圧倒的に男性が多い。西部開拓時代を描いた絵画で、幌馬車に夫婦と子供が乗っている様子が描かれているのがあるが、10分の1の真実であろう。白人女性は当時の米国では貴重品で、都市部でいくらでも嫁の行き先があった。わざわざ苛酷な自然環境に挑戦しようとする女性がそんなに多い筈はない。

19世紀半ばにカルフォルニアで金鉱山が発見されると、ゴールドラッシュと呼ばれる人口の大移動が起きた。一攫千金を目論む男たちが集まり、荒野にたちまち町が出来たが娼婦以外に女は皆無の町であった。今もカルフォルニアが同性愛のメッカなのはこの歴史による。

米国はピューリタンの国であり、ピューリタンの基本理念は「聖書に帰れ」である。ところが聖書には「同性愛者は殺せ」と書いてある。実際には教会は同性愛を黙認してきたのであるが、なにしろ聖書に書いてある訳だから、今でも同性愛だという理由だけで殺人が起きる。
同性愛を社会的に容認させるためにはまず軍で認め、さらには法律で結婚を認めるしかない。だがこれを容認することはキリスト教倫理の崩壊につながりかねない。かくて大統領選の争点となった訳だ。

欧米の軍隊では今でも精神的バックボーンはキリスト教によっている。死の危険に直面する軍人にとって宗教的信念は不可欠であり、米軍においては従軍牧師の役割は大きなものがあった。
キリスト教倫理が崩壊すれば、米軍内の規律も米国一般社会の道徳も失われる可能性がある。あの1枚の写真は、将来書かれるであろう米国衰亡史の1ページを飾るのかもしれない。

リンク
メルマガ:鍛冶俊樹の軍事ジャーナル

軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。
<著作>
戦争の常識 (文春新書)
エシュロンと情報戦争 (文春新書)
総図解 よくわかる第二次世界大戦―写真とイラストで歴史の流れと人物・事件が一気に読める