鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第49号(1月15日)  を転載

台湾は併合されるのか?

昨日の台湾総統選は独立派の女性候補が敗れ、親中派の現職の続投が決まった。昨年末においては独立派優位であったが、中国の露骨な選挙干渉が功を奏し逆転した。問題は、米国が民主主義の危機とも言える中国の干渉を黙認した点だ。

実は米国の黙認は単なる気紛れや怠慢ではなく、巧妙に仕組まれた戦略に基づいている。昨年10月、米誌フォーリン・ポリシーにヒラリー・クリントン米国務長官の論文”America’s Pacific Century”が掲載された。日本の新聞ではこの題名を「米国のアジア太平洋戦略」と訳したりして紹介していたが、注目度は低くこの論文の持つ戦略的意味を正しく伝えていたとは言い難い。

同月下旬、米国防長官レオン・パネッタはインドネシアにF16戦闘機20数機の供与を表明し、翌11月16日、オバマ大統領は豪州への米海兵隊駐留を表明した。そしてその3日後、インドネシアのバリ島で開かれた東アジア・サミットで、中国は南シナ海への海軍進出の断念に追い込まれた。

日本の一部メディアが「米国による対中包囲戦略の成功だ」と喧伝し「日本もTPPに参加して対中包囲網形成に協力せよ」などと大騒ぎしたのは、この頃の事だ。
だがその4日後の11月23日、中国艦隊6隻が東シナ海から日本の琉球列島を横切って太平洋に入った事実を日本の多くのメディアは見落とした。この日は日本の玄葉外相が訪中した当日であり、中国海軍のこの行動には政治的メッセージが込められているのは明白である。

今までも中国海軍は琉球列島を横切っており、その暗示する所は尖閣のみならず沖縄を含む琉球列島が中国領であるという隠れた主張であった。だが東アジア・サミットの4日後の横断の意味する所はそれだけではない。中国海軍は南シナ海では封じ込められたけれども、東シナ海では封じ込められていないという意思表示なのである。つまり対中包囲は成功していない。

ヒラリー論文では、アジアというとき東アジアや北東アジアより南アジアや東南アジアに重点が置かれており、太平洋というときも東太平洋よりも南太平洋に重点が置かれているが、この意味はその後の米中の動きから理解できるだろう。東アジア・サミットで決まったのは中国の封じ込めではなく、米中による南シナ海と東シナ海の交換取引だったのだ。

東アジア・サミットで、中国の温家宝首相はオバマ大統領に特別に会談を申し込んだ。会談の内容は不明だが、東アジア・サミットでの議題について中国が米国に直接何らかの確認を求めたに違いなく、そうだとすればそれは2カ月後に迫った台湾総統選だっただろう。

東シナ海が中国の権益下に置かれるとするなら、東シナ海と南シナ海の間にある台湾の位置付けは当然問題となる。台湾が中国の権益下に置かれる事を米国が認めるならば、米国は台湾総統選に干渉すべきでないし、それは必然的に中国の台湾への選挙干渉を米国が黙認することになる。

かくして今回の台湾総統選の結果は、米国が台湾を中国に売り渡した事を立証した。今後、中国による台湾統一工作は着々と進み、数年後には併合されるかもしれない。もし中国が台湾を併合すれば、そこに海軍と空軍の基地を作る事は間違いない。

米国としては、台湾と眼と鼻の先にある沖縄の米軍基地を維持するのに危険を感ずるようになるだろう。沖縄から撤退するとなれば、その他の在日米軍基地を維持し続ける利点が失われるから結局、在日米軍の撤退につながるだろう。

今回の選挙の意味合いは日本にとっても大きいのである。

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軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。
<著作>
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