山本善心の週刊木曜コラム
日本を取り巻く国際情勢 第327号 2011年4月21日発行 を転載

李登輝元総統 インタビュー(2)

時局心話會代表 山本 善心

李氏:総統時代、台湾の貿易を発展させるために私も努力しました。中東に行っては石油関係、東南アジアでも、例えばオランダが台湾に潜水艦を売る時「直接売るのはまずい」ということでインドネシアでつくった潜水艦を組み立ててそこで台湾に売るとか。当時、インドネシアはハビビが副総裁でしたが、農民の所得が非常に低く、農業問題専門の私が問題解決のために政府の要請を受けて行ったこともあります。タイ、シンガポールにも出かけて行きましたよ。タイのチェンマイでは、当時アヘンばかり作っていたのを辞めさせて、果汁の加工事業を台湾が援助しました。その後、タイに基金会をつくって、台湾の技術者を活用するという手筈を整えるのにも協力しました。ただ、そのときは中国の圧力がすごかった。つい何年前までは、日本も私の日本訪問を反対していましたがね・・・。

山本:台湾が民主化されて21年になりますが、総統時代の12年の間に、民主化の基軸と価値観がつくられました。今では台湾がひとつの国、中国とは国と国との関係という流れが定着しつつあります。いくら中国が「一つの中国」と言っても、台湾人の大勢は反対で、一党独裁の共産主義・非民主国家とは一つになれないと馬英九総統も言っています。中国として台湾政策で一番問題になるのは李登輝時代につくられた民主化が大きな壁になっています。国と国の関係、これがまさしく21年経っていまほんとうに根付いてきたという現実を国際社会が改めて認識しつつあると思いますが。

李氏:私が一番中国で悪いと思うのは中国5千年の歴史というのはほとんどが皇帝統治で、いまも共産党の一党独裁で独裁政治となんら変わらないやりかただということです。蒋介石も浙江財閥や夫人の宋美齢など内輪で財産をつくったり、独裁的にやっていました。昔の政治形態、法統式で、この中心はあくまで大中華帝国なのです。皇帝、内臣、外臣、植民地、朝貢国となっていて、琉球はそういう目に遭っている。韓国も同様です。台湾だけは化外の地だったけれども、その台湾に対して、中国は今一生懸命「一中」を唱えていますね(笑)。

武力で台湾侵略はできない

山本:中国の度重なる圧力にいったい台湾は今後どうなるのか多くの人が不安に思っていませんか。

李氏:主体性を持ったらいい!

山本:なるほど、それに台湾は民主国家として、世界とのいろんな経済関係が密接であり、その力は無視できなくなっていますね。胡錦濤主席も武力で台湾を侵略するとはひと言もいっていませんから・・・。

李氏:武力での台湾侵略は不可能ですよ!

山本:アメリカもそうはさせないでしょう。台湾は今後とも、年数を経て、ますます独立国としての体制を固めるのではないですか。逆に中国はその間どうなるかわからない。それより中国の分裂、崩壊が先じゃないですか(笑)。

国民不在の憲法改悪

李氏: 台湾はどの国にも所属しない。いまの政府の「一中」という考え方は、昔からずっとありましたし、いまの共産党までが、この「法統」という形態をくり返しています。2006年に行った第七次憲法修正によって、国民投票をやれない憲法に改悪されてしまいました。党利党益ばかりで台湾全体のことなど何も考えていないんです。日本の小選挙区制の真似をして日本の区域制度を導入し、立法院の人数を半分に減らすなど、台湾の組織は混乱をきたしています。私は、もうこの辺りで台湾人も外省人も区別なく、台湾をひとつにして台湾人としてのアイデンティティを固め、台湾という国を中心にみんなで一緒にやろうと考えています。

台湾の民主政治を曲げた陳水扁

私のあとに総統となった民進党の陳水扁は、台湾の民主政治を曲げてしまった。その後は逆に馬英九は何もわからず、ただ昔の法統を奉じているだけです。彼が総統になった当時、1992年の香港協議で、「92共識」は合意に達したと言って、事を運んでいるが、この「92コンセンサス」は合意もなければ、文書化されたわけでもなく存在すらしていません。今の総統は明らかに人民を騙している。この事実を知っている生き証人は沢山いますよ。

キッシンジャーが一番悪い

キッシンジャーは「両岸の人民は共にひとつの中国であることを強く主張している」と言い、これを基本にして台湾も中国も押し付けをやっています。「一中」市場というのは香港とマカオみたいなもので、香港もマカオも主権を英国とポルトガルが放棄したからですよ。台湾は台湾人が主権を握ってるわけですから、ECFAに私は大反対です。

山本:台湾の民主化は台湾人による台湾の大改革だったわけですね。「自由と民主主義、法治と人権」を価値観とする国家に変貌したわけですから、これだけでも共産中国とは相容れないですね。

様々な矛盾を抱える馬英九

山本:例えば、次の総統選挙で馬英九氏が当選したらどうなりますか。中国と政治的な話し合いは行わざるを得ないでしょう。中国側は馬さんに何をもたもたしているんだと催促しているでしょうからね。

李氏:いまの馬さんは台湾を代表するのかという矛盾も抱えています。「私は台湾を代表できる」と中国に見せつけようとしても、中国は、「台湾の人民はあんたに反対してるじゃないか」と見られているのです。そうすると彼はできるだけ中国の批判をかわそうと、中国に対してリップサービスしようとして、台湾人を欺こうとしています。

山本:全く同感です。馬総統は本質的に台湾人民を代表する総統ではなく、台湾を拠点に国民党が中国を吸収する「一つの中国」と考えているようですが、これは非現実的な政策です。

李氏:私は、いろんな人を通して情報を得ていますが、馬さんを信じたら大変ですよ。台湾人民が中国に対して妙に悪い感情持つ理由は、中国が馬さんの言うことを真に受けていろんなことを押し付けてきますが、台湾人民にはまったくプラスになっていないからです。今回の選挙では絶対に馬さんは総統選挙には勝てない!「馬をおろして台湾を保護しよう」というスローガンを掲げている。これが私の戦略なのです。

注目の五都市市長選挙

山本:選挙はコピーとキャッチフレーズが勝負を決めると言いますが、台湾人の主張を世界に発信すべきですね。ところで具体的に次の総統選はどう見ておられますか。

李氏:馬英九には今後総統を続ける条件が整っていない。五都市の投票総数は民進党が多いでしょう。今後、馬さんは党内の影響力がなくなって、国民党の総統候補者として出られなくなる可能性もあります。七月の国民党主席選挙が鍵です。国民党内部には、対立候補が出てくるでしょう。馬さんはかつて女性からの支持が高かったが、今では事情が変わってきています。最も重要な問題は軍隊を退役した人達の大部分が馬さんを支持していないことなのです。次は立法院の選挙です。五都市の選挙は国民党も民進党も五分五分。民進党の蔡英文氏は、昔私の安全会議に在籍していたことがありますが、彼女は民進党が一番調子の悪いときに主席になって、その後党は上り調子で、最近では補欠選挙でみんな勝っていますよ。この調子でいけば勝てるでしょう。副総統には経験のあるものをつけることが大事だと思います。彼女は女性の支持者も多いはずだから、国民党の内部崩しがもしあれば、調子はいいと思いますよ。台湾の問題はいまのところ今年の立法院と行政院と次の総統選挙にあります。簡単にいえば坂本竜馬の薩長連盟。これがわれわれの考えていることなんですよ。うまくいくかどうかは今年の7月にもっとはっきりします。

山本:李先生のお話は本音をズバリと話される自由な空気がありますが、このようなお話が出来るのも民主化ならではのことですね。

李氏:昔はこんなことはできなかったからね(笑)。

求められる台湾人としてのアイデンティティ

山本:せっかく李先生が成し遂げた民主化という偉業を途中からねじ曲げようとした陳水扁氏の問題は残念で仕方ありません。

李氏:民進党の人気が暴落したのは陳水扁の汚職が原因です。国民党と共産党では党の組織、選挙のやり方はまったく違う。民進党はだいたい地方の組織、選挙組織とか言動とかそういうものがないんです。国民党の組織がとても堅固で地方の元老に頼っている。一番いい例が高雄です。昔の高雄市議会の議長の陳さん、市長の王さん、あとの市議会議長の朱さん、この三人が潰れて、高雄は民進党のものになったのです。

台湾問題は、結局アイデンティティの問題なんですよ。台湾の歴史は長い間、オランダ、スペイン、鄭成功、清朝、そして、日本の統治時代があり、国民党そして民主化時代になるわけです。だからこそ、個人が「私は台湾人である!」といった意識が強く固まれば、たとえ歴史が断続してもそれを超越できるから心配はありません。「主権は民にあり」。良い総統を選ぶという考え方が人民にあれば台湾はもっとよくなるはずです。

次回は5月19日(木)、李登輝元総統PART(3)をお送りします。

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