「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成23年(2011)4月15日(金曜日)通巻第3304号 を転載

今号より二回にわけて為替固定相場制度復活論を連載します。宮崎正弘

為替相場固定制度を復活せよ(その1)

▼為替相場の定を実施せよ

この連載で取り上げたい原則論とは、すなわち「円・ドル」レートの「固定相場制」復帰への考察である。
復興構想会議のメンバーでは想像も付かない案件だが、不況対策にもってこい、日本経済の復活に繋がるアイディアである。

経済論壇の大御所、歴代総理のご意見番だった木内信胤氏が、最も強靭にこの説を各界に説いていた。筆者は晩年の木内氏に経済学の指導を仰いでいた。したがって次の「相場固定論」が形成され提唱されてきた過程とそのリアクションとをつぶさに目撃してきた。
九三年四月一日付で提出された「産計懇リポート」は為替相場の固定論であった。

その骨子を紹介する前に「産業経済懇話会」とは何なのか、少し触れておきたい。GHQ占領が終わり、日本経済が成長へ向けてテイクオフしようとしていた頃、日本で初めて将来のエネルギー問題や産業政策のあり方を研究し、政府に提言していくためのシンクタンクが、松永安左エ門の主唱で設立された。ここに集ったのが木内信胤・伊部恭之助・小山五郎・NEC会長の関本忠弘氏ら草々たるエコノミスト兼経営トップたち数十人で、九四年に時代の役割を終えたとして幕を閉じるまで、三〇〇回近く会合を重ねた。

その「産業計画懇談会」に、実は筆者も解散に至るまでの最後の五、六年間、毎月一回のクラブ関東での会合に参席させてもらった。この会のリポートの要約を次に掲げる。少し長くなるが、あえて読者に紹介したい。

 

「固定相場制は世界経済秩序を拓く」

為替相場を固定化する「用意」を即時開始すること

(一)
「固定化」するとここでいうのは、「新型の為替相場固定制度」に移ることである。「新型」とは、「三六〇円の固定相場」の場合と違い、はじめから”情況によって相場を変える“と宣言してかかるので新しい。さらに、その「状況」とはどのようなことをいうのかを概ねのところ明らかにしながら進むところが新しい。その「相場変更」は、”大きく五円刻みでいく”のがいい。

▼或る日、日銀が宣言するだけで良い

(二)
「移行のための手続き」としては、日銀がある日、”明日から為替銀行の対米為替のカバー取引は、先物を含めて売買とも一五〇円なら一五〇円で無制限に引き受けます”と宣言すればいい。それだけで対米為替は、一五〇円で固定する(後注このリポート発表当時は一四八円から一五五円あたりのレートだった。いまなら一ドル=一〇〇円でよい)。
何故そう簡単にいくのか。

「カバー取引」とは何かを知らない人にはわかりにくいだろうが、為替銀行というものは、専門語でいう「持ち」を持ってはいけないのである。「持ち」とは、お客を相手にする毎日の商売で、売ったドル額より買ったドル額が多ければ、その為替銀行はその分「余分のドル」を手持ちするわけで、それを「買持」という。それをそのまま手持ちしていれば、すなわちそれは”ドルの騰貴を見込んだスペキュレーションをやったこと”になるのだが、為替銀行は投機をしてはならないのが建前なので、その「買持」はその日のうちに処分してしまわなければならない。つまりそのドルを、値を下げてでも売ろうとするわけだ。それが「カバー取引」だが、その取引を日銀が無制限に一五〇円で引き受けてくれるなら為替銀行は売買ともに”一五〇円プラス・マイナス・マージン“で、どこまでも商売が出来ることになるので、為替相場は一挙に固定安定する。

(三)
次は「移行のメリット」だが、そのメリットの大きさは考えれば考えるほど驚くばかりのものだ。為替市場、ひいては対外取引の全体がいまの「為替相場変動の煩わしさと危険」から解放される。

いままでは、“ 為替安定のために「金利」を操作する ”ということが行われてきたが、その必要がなくなるから日本経済は時々刻々、その持ちたいと思う「金利水準」を保ち、あわせて「その好む金利体系」を持つことが出来る。いままでは、物価を変動させる大きな要因として為替の相場変動があったが、これからはそれがなくなるから、日本はこれから日本に適当な「物価水準」をもち、あわせて「日本の好む物価体系」を持つことができるようになる。(この点をさらに一歩進めて、“ 欲すれば自由に「輸入制限」を行い「輸入関税」をかけることができる ” というところまでいくと、それで初めて本物といえる)
長期の課題である「対外投資」に関しても、“ 拠るべき新しい拠点が与えられる ” という非常に好ましいことが起こる。

以上を総合して、日本経済は初めて“ 外部からのディスターバンス ” を一切顧慮することなくその欲するままの進歩発達を図ることが出来るようになるが、それらのことは、相手国である米国・その他の諸外国についても同様、ある程度は当てはまる。そして世界各国が各々欲するままの進歩発達を遂げながらなおその上に、“ 他国の損失において自国の利益を得ようとはしない”という態度になるとすれば、それが望むべき「当来の世界経済秩序」なのである。

以上のメリットに対して、デメリットは何か。なんでも自由であればあるほどいいと考えたその“ 架空のメリット ” が消滅するだけであって、デメリットは絶無と考えていい。

▼為替管理との一部併用

(四)
一つ問題がある。それは“ 日銀は、先物に対しても無制限にカバー取引の需(もと)需(もと)めに応じる ”というところからくるものである。つまり、別途この新制度は“ 状況により相場は五円刻みで変えるつもり ”と宣言しているのだから、“ その五円刻みという大きな変動を上下いずれかに予想して、大きなスペキュレーションをやる人たちが出るかもしれない”。

しかし対抗措置はやさしい。日銀は為替銀行に対して、“ 大口の先物取引に関しては、その仕手関係を調査して報告すること ”という義務を課せば、たぶんそれで済むだろう。さらに、もっと厳しく、“ 実需の裏づけのない先物取引に為替銀行は応じてはいけない ”という規制を出せばもちろんそれでいいのである。これは“ 為替管理を一部発動する ”ということだが、為替管理はやって悪いことはないので、必要を感じたらやればいい。

(五)
以上の全体、これは国民の理解が全くなくてはやれないが、然るべき人の間に少々あれば、やっても大丈夫である。しかし理解は大きいほどいいから、その理解を“ なるべく大きくする ”という仕事をやる。それが初めにいった“ 用意をする ”ということである。つまり、先物取引に関し“ 場合によっては為替管理を発動する ”のだから、その時に出すべき法令を今から考えておく、というのが「用意」である。この用意はただちに開始したほうがいい。その「構え」を作ったうえで、そのまま「機」を窺えばいい。

(六)
これは日本単独でやっていいことで、前もって米国の賛成を得る必要はない(理解は得られれば得たほうがいいのだが)。なぜなら、アメリカ人にとって為替取引というものはなきに等しい。なぜなら米国は世界中とドルで取引をしているからだ。だから、“ 対米為替相場をどうするか ”という問題は日本のみの問題、しかも大袈裟にいえば日本の死活に関わる問題だから、これは日本がその独自の判断において行うことに異論を唱える余地はないのである。
(つづく)

リンク
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