鍛冶俊樹の軍事ジャーナル
第67号(7月17日) を転載

金正恩、オバマと裏取引か?

「北朝鮮軍の総参謀長、李英浩が党の役職を解任された」とのニュースは昨日全世界を駆け巡った。どうしてこれが世界的ニュースになるかと言えば、ソ連(ロシア)の独裁者スターリンの政変を思い出すからだ。

1937年スターリンはソ連軍の参謀総長トハチェフスキーを解任し反逆罪の名目で処刑した。要するにスターリンは軍の重鎮を粛清し自ら軍の全権を掌握したのである。スターリンの独裁体制はこれで確立した。

共産主義国家では党と軍が対立する場合があり、党が優位を確立するために軍幹部を粛清する事態が起きる。その意味では今回の北朝鮮の政変も一部マスコミが論評したように「党と軍の熾烈な権力争い」と言えない事もない。

だがどうも共産圏の政変にしては生ぬるい感が否めない。トハチェフスキーが解任された時は軍幹部2万人以上が同時に逮捕され、拷問で無実の罪を自白させられた末処刑された。スターリンの大粛清と呼ばれる所以(ゆえん)である。

今回の北朝鮮では「病気の関係で解任」と発表されており、当人が生きている事を示唆している。平壌(ピョンヤン)に戒厳令が施行されたというニュースもないし、李将軍は党の役職を解任されたが軍参謀総長を解任されたという報道がない。
今後、軍職解任の報が出るかもしれないが、粛清では通常、軍の役職を先に停止させる。そうしないとクーデタを起こす可能性があるからだ。しかも解任のニュースをラジオで世界中に知らせている。人事抗争劇はどこでも秘密裏に行われるものだ。

ラジオで知らせたのは、まず米国に知らせたかったからだろう。もちろん北朝鮮は国連大使をニューヨークに駐在ざせているから米国政府に直接通知することは可能だ。だがそれでだけでは米国が信用すまい。
ラジオで世界中に発表すれば米国も「解任が事実だ」と認めるだろう。では何故、米国に「解任は事実だ」と認定して貰わなくてはならないのか?それは米国が事前に秘密交渉で「解任」を要求していたからではないか?

2月に米国は北朝鮮の核・ミサイル開発停止の見返りに24万トンの食糧支援を約束した。ところが北は約束を無視して4月にミサイル実験を強行した。しかも核実験の強行の構えまで見せた。
誰が見たって米朝合意は吹き飛んだようにしか見えない。ところがイラン制裁で手一杯の米国は、「核実験さえ北が思い止まってくれればミサイル実験強行は不問に付して24万トンの食糧支援をしてもいい」と言う姿勢を示した。崩壊寸前の北朝鮮に対し衰退著しい米国ももはや強くは出られないらしい。同病相哀れむと言った所か。

この4月の末、ミサイル実験の担当者だったと見られる国家安全保衛部第1副部長、兎東則が「脳出血で倒れ国防委員を解任されたらしい」という報道があった。「ミサイル実験失敗の責任を取らされたのでは?」との観測がもっぱらだったが、今回の李解任と同様、健康状態が理由となっているのは奇妙な共通点であろう。

実は一昨年、韓国の哨戒艦を撃沈した首謀者は兎東則、延坪島砲撃したのは李英浩と見られており、米国が食糧支援実施の条件として両者の解任を要求していたとしても不思議はない。

ときを同じうして金正恩の愛人と見られる女性が金正恩と一緒に北朝鮮内の各所施設を訪問する映像が流され始めた。米国では政治家は夫婦同伴であることが重要なイメージ作りになる。家庭的な人物イコール民主的な人物というキャンペーン作戦である。

そういえばあの女性、米国人が好みそうなタイプであろう。妻というよりキャンペーンガールといった方がいいのかもしれない。いかつい軍人が病院に引っ込み、可愛い女の子が登場するだけで24万トンの食糧が得られるなら安いものであろう。

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

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