いち早く到着した台湾救助隊の活動を遅らせたのは、中国でありまた馬英九政権であることを、李登輝元総統が明らかにした。だが、状況を察してこの流れに呼応したのは日本政府だ。それを指摘しなかったのは日本人への気遣いであろうが、あの状況の中で“1日”というのがどれほど貴重な時間であったか、救われる命があったのではないかと思えば、まさに人災であり、被災者にかける言葉もない。
メールマガジン日台共栄を転載
李登輝元総統が明らかにした台湾救助隊の日本入りを遅らせた「原因」
事態を生みだした原因は馬英九総統が台湾を地区だとみなしたことの後遺症とも指摘
李登輝元総統は4月3日夜、台北市内の華泰プリンスホテルにおいて、日本で救助活動を行った台湾救助隊のメンバーを食事会に招き感謝の意を表した。
その際、台湾救助隊の日本入りや被災地入りが遅れた原因について中国の存在を挙げ、また馬英九政権による妨害もあったことを明らかにし、「こうした事態を生みだした原因は、馬英九総統が台湾を地区だと見なしたことの後遺症である」と指摘した。
それを4月4日付の「自由時報」が伝えているので、下記に紹介したい。
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李登輝;台湾救助隊の日本入りが遅れたのは中国の妨害
馬総統の言う「両岸緩和」は事実ではない総統を替えるべき
【自由時報:2011年4月4日】 http://www.libertytimes.com.tw/2011/new/apr/4/today-p2.htm
李登輝元総統は、先月、日本で大震災が発生した際、救助活動のために派遣された台湾救助隊が政治処理の問題に遭遇し、日本政府が馬政府と交渉した内幕を暴露した。李元総統は、これらの事件を「中国が原因」と非難、馬総統は今までずっと「両岸関係はすでに緩和されている」と対外的に述べているが、現実には、中国の台湾に対する圧力は依然として影のように影響を及ぼしている。さらに、台湾はもっと能力のある指導者を選ぶべきだ、と指摘した。
李元総統によれば、台湾救助チームは3月11日の震災発生後、即座に外交部に対して日本派遣を申請したものの、外交部からは「暫時待機」の通知。また、救助隊はチャイナエアラインの座席予約をしようとしたものの、外交部が同意しなかったため、チャイナエアラインは航空券の発券ができなかったという。救助隊は急遽、エバー航空へ依頼、エバー航空は隊員全員を無料で東京まで搭乗させた。
■外交部:待機は日本側が通知
章計平・外交部報道官によれば、日本での地震および津波発生当日、外交部はすでに日本側に対し、救助隊の派遣を含む援助の提供を申し出たものの、日本側はまだ混乱しており、外国からの援助を即座に受け入れられる状況ではないことから、台湾からの救助隊には待機して出発の通知を待つように伝えた。
その後、3月13日夜、日本側は台湾政府に対し、救助隊の受け入れ可能を連絡してきたため、翌日早朝、内政部所属の特殊救助隊が日本を派遣。そして指定された災害地域で救助作業を行ったという。
台湾救助隊の35名のメンバーと3トンにおよぶ装備はエバー航空によって運ばれ、13日に成田空港へ到着した。これは、海外から一番乗りの救助隊である。さらに、台北市、新北市、台南市の消防署員で構成された聯合特殊救助隊28名と2.2トンの装備は14日、チャイナエアラインによって運ばれ、羽田空港に到着している。
李登輝元総統は昨4月3日夜、華泰プリンスホテルにおいて、日本で救助活動を行った台湾救助隊のメンバーを食事会に招き、隊員の犠牲的精神に対し、感謝の意を表した。
また、李元総統は、日本が外国からの救援を必要とし、台湾救助隊も日本へ向かいたいとしているにもかかわらず、政治的問題すなわち中国が原因となって、台湾の救助隊受け入れを即座に同意ができなかったと指摘。もし被災者が人為的な原因で救援が遅れたと知ったら、その心中はいかばかりであろうか。人道的な援助というものは政治やイデオロギーで判断するものではない。さもなければ、苦しむのは被災者だ、と述べた。
また、台湾救助隊が3月13日に成田空港に到着していたにもかかわらず、15日になるまで被災地へ入る緊急通行証が発行されなかったことについて、李登輝元総統は、日本は外国からの援助をかなり必要としているが、こうした政治的な処理をしなければならないのは「中国が原因だ」と指摘した。
さらに、台湾救助隊の隊員が着用する制服に中華民国の国旗が描かれ「TAIWAN(台湾)」と記されているのを見つけた中国人が、中華民国旗を指し、これは「台湾地域」の印だと言ったことも明らかにした。
■中国は不満:台湾救助隊制服の中華民国旗
この問題について、台湾救助隊の呂正宗・総隊長も、現場で中国地震局の役人から「これは『台湾地区』のマークですね?」と尋ねられたことを明らかにした。呂隊長が「これは中華民国の国旗だ」と答えると、相手は呂隊長を罵ってその場を去ったという。
李登輝元総統は、台湾は台湾地区ではなく、一つの国家であるが、こうした事態を生みだした原因は、馬英九総統が台湾を地区だと見なしたことの後遺症である。馬総統はずっと両岸関係は緩和に進んでいると発言しているが、事実上、中国の台湾に対する圧力は影のように潜んでいる、と強調した。
(翻訳:本誌編集部)
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なお、台湾政府は地震が起こった3月11日 21時時点で支援を申し入れ、3月13日、医師2名を含む捜救総隊救難隊35名が成田空港に到着。しかし、なぜか15日になるまで被災地へ入る緊急通行証が発行されなかったという。
日本政府は13日夜になって台湾の内政部消防署が組織した捜索救援隊の受け入れを表明、翌14日に、台湾からの第二陣として捜索救援隊28名が羽田空港に到着。翌日から宮城県名取市と岩沼市などで生存者捜索救助に当たり、18日に撤収した。
一方、中国政府も台湾と同じ3月11日21時時点で支援を申し入れ、3月13日、緊急援助隊15名が中国政府チャーター機で羽田空港に到着、すぐに自衛隊のヘリで移動して岩手県大船渡市に入り、20日に撤収している。
ちなみに、韓国からは12日午後、救助犬2頭と救助犬オペレーター5名のチームが羽田空港に到着。初の海外支援隊の到着となった。
この海外からの救助隊の受け入れ状況については、4月7日現在で外務省が一覧表にして発表しているが、3月13日に台湾から到着した医師2名を含む捜救総隊救難隊35名のことは記載がない。
資料:
諸外国・地域・国際機関からの救助チーム・専門家チーム等受入れ日程一覧 http://www.mofa.go.jp/mofaj/saigai/pdfs/ukeirenittei.pdf