オバマ大統領はシリアへの攻撃を明言しながらも議会承認を得るといい、安倍首相は「集団的自衛権の行使」を明言するのに国会が開かれるのを待っているようだが、敵は全身全霊の命がけで挑んでくるのだ。強権を行使する時に、大勢で会議している暇はない。一刻も早く決断を下せ。

鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第118号(9月7日) を転載

集団的自衛権の行使を明言せよ

現在、中東のジブチには自衛隊の基地があり、陸海空自衛官が200人規模の体制で勤務している。任務は海賊対処であり、日本以外に米軍、フランス軍もそれぞれ2500人規模で展開している。

さて米国はシリアへの攻撃を明言しており、議会の承認を得られれば火曜日にも巡航ミサイル「トマホーク」を駆逐艦からシリアの軍事施設に向けて発射する事になろう。フランス軍も攻撃に参加すると見られる。事実上、米仏とシリアの戦争であり、シリア側のテロリストがジブチの米仏軍を攻撃する可能性は十分にある。そこでもし、自衛官の目の前で米国やフランスの兵士がテロリストの攻撃を受けた場合、自衛官はどうすべきであろうか?

仮にも海賊対処でともに体を張っている仲間が殺されようとしているとき、これを助けるのは人間として当然の行為である。国際社会ではこの当然の行為を「集団的自衛権の行使」という。難解な用語だが、分かりやすく翻訳すれば「仲間を助けるための当然の行為」になろう。

ところが日本の自衛官には、この当然の行為が許されていないのである。日本政府は歴代、「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」との見解を繰り返し表明してきた。この見解は内閣法制局という内閣の一部局の見解に過ぎず、内閣法制局長官は官僚である。

つまり官僚が内閣を壟断するという悪しき官僚主義の典型が、この集団的自衛権の歴代政府解釈なのである。もちろん官僚の任免権は内閣にあり、そうした見解の持ち主を歴代内閣は法制局長官に任命してきたのであるから、歴代内閣はこの見解を政府解釈として認めていたことになる。
従ってもし政府解釈を変えたければ、内閣法制局長官を別の見解の持ち主に代えればいいわけで、安倍総理は8月8日に小松一郎氏を内閣法制局長官に任命したが、小松氏は「集団的自衛権の行使は憲法上許される」という見解の持ち主だという

だとすれば政府解釈を変更する環境はできているわけで、あとは政府が変更を明言するだけであろう。おそらく政府は国会が開かれてから明言する意向であろうが、国際情勢の緊迫はもはやそうした緩慢な対応を許さない。

もしジブチで米仏兵が殺されて自衛官がそれを見殺しにしたとなれば、欧米において反日世論は一気に台頭し、日米同盟に亀裂が生ずることは確実である。中国、北朝鮮、イランはいずれもシリアの同盟国であるが、中国と北朝鮮は日米同盟を破綻させるという明確な戦略を持っており、イランはジブチの目と鼻の先である。

つまりシリアのテロリストに中国が資金を、北朝鮮が武器を、イランが拠点と情報を提供してジブチの米仏軍を自衛隊の目の前で攻撃させるという戦略的可能性は十分ある。もはや最悪の事態が起きてから「想定の範囲外でした」などと言い訳して済む状況ではない。
一刻も早く集団的自衛権の行使を明言しなくてはならない。

 


軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)

鍛冶俊樹

1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

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