石平(せきへい)のチャイナウォッチ 2012.05.16 No.181号 を転載

人民日報論評から読み取る「対日強硬姿勢」の真意

5月半ばに入って中国の対日姿勢には異変が起きた。
まずは5月14日、胡錦涛国家主席は北京訪問中の野田総理との会談を事実上拒否し、その翌日の15日、中国の楊外相と日本の米倉経団連会長との会談も中国側によってドタキャンされた。その一方、会談を拒否された野田総理を横目にして、胡主席と韓国の李明博大統領との中韓首脳会談が堂々と行われた。
中国は突如日本に対する態度を強硬にして、露骨な「日本虐め」を始めたのは一体何故なのか。

その読み解く手がかりの一つは、共産党機関紙の人民日報の5月16日付朝刊の第三面で掲載した一通の対日論評にある。「表面上は協力しながら裏では相手の足下をさらう日本政府のやり方はいけない」と題するこの論評は、最初から最後まで徹頭徹尾の日本政府批判を展開しているが、その主な内容は要するに、日本政府が「世界ウイグル会議」の日本開催を容認したことを取り上げ、それが「日中間の政治的相互信頼関係を酷く損ない、中国人民の激しい憤慨を招いた」とした上、日本政府に対して「真剣に反省して誤りを改める」ことを求めたものである。

そして論評には、一つ大変注目すべき点があるのである。
それはすなわち、論評はその後半部分において、本来なら「世界ウイグル会議」云々とはまったく無関係の日中間の経済問題へ話題を持っていって、日中間の経済交流、とりわけ現在進行中の日中韓自由貿易協定(FTA)問題を取り上げた点である。

論評はまず、日中韓首脳会談において三カ国の自由貿易協定(FTA)交渉の年内交渉が合意されたことを取り上げ、それが「東アジア協力関係の明るい未来を示している」とした上で、次のように論じているのである。

「しかし密接な協力関係を結ぶのに良好なる政治的雰囲気が必要だが、日中間の政治的相互不信はすでに日中の協力関係に大きなマイナスの影響を与えている。たとえば、中韓両国の協力関係と比べると、早めに起動しし始めた日中間のそれはむしろ遅れをとっている。今、中韓間の人的交流の規模はすでに日中間を超えており、韓国は中国との貿易関係から日本よりも多くの利益を手に入れている。
そして現在、中韓両国はすでに率先して双方間のFTA交渉の開始を宣言しているが、両国間のFTA協定は一旦締結されると、韓国の対中輸出総額は一挙に日本のそれを超えるのであろう。このような状況はすでに日本の有識者の憂慮するところとなっている。従って日本政府は真剣に反省して、自らの誤りを改めるべきであろう」と。

実は、人民日報論評のこの行の文を読んで初めて、筆者の私自身は5月14日以来の中国政府の対日姿勢の異変の真意がよくわかってきたものである。今までの経緯を考えてみれば、世界ウイグル会議日本開催の一件が浮上して以来、中国の「核心的利益」とされている領域の問題として、中国政府はずっと日本政府にたいして政治的圧力をかけて会議の開催を潰そうした。

しかしにもかかわらず、「日本政府は結局民間組織の活動に干渉しない」との立場を貫き、中国からの圧力をはね返して会議の開催を容認した。そして5月13日に行われた野田首相と温家宝総理との首脳会談でも、「尖閣問題」や人権問題などをめぐって日中間で激しい応酬と対立があったことは周知の通りだ。

つまりこの時点では、中国政府はすでに、自らの「核心的利益」にかかわると考える諸問題では日本政府との対立はすでに決定的なものとなっていることが分かり、今の野田政権にたいして政治的圧力をかけていても無駄であることを悟った。

ならば、このような野田政権にどう対処していくのかとなると、中国政府は最後に持ち出そうとしているのはすなわち「経済カード」なのである。つまり、政治的圧力は効かなければ、「経済カード」を持ち出して圧力をかけてくるのだ。本来なら日中間の経済問題とはまったく無関係の世界ウイグル会議日本開催の一件を批判するような文脈で、三カ国間のFTA協議を取り上げて論じる例の人民日報論評の真意はまさにここにあるのではないか。

論評が伝えようとするメッセージは要するに、「日本は中国政府の話を効かなければ、われわれは韓国だけとのFTA協定を進め、損するのは日本の方であるぞ」とするところであろうが、それは当然、FTA協定に多大な関心を持つ野田政権の足下を見て別方面からの圧力をかける魂胆であろう。論評はわざわざ「このような状況はすでに日本の有識者の憂慮するところとなっている」と言及している意味もよく分かろう。
日本国内のFTA協定推進派、特に財界の推進派に働きをかけて、野田政権に対する間接な圧力を加える考えである。

このような文脈において、5月14日に中国の胡錦涛国家主席は野田首相との会談を拒否する一方、韓国の李明博大統領との単独会談だけに応じたことの意味も分かるのである。胡主席はこの首脳会において、まさに中韓間のFTA協定問題について李大統領と多いに語り合ったようだが、それは上述の人民日報の論評とはまったく一脈相通じるもので、要するに「話を聞かなければお前をふって李さんだけとつきあうぞ」という、胡主席からの野田首相へのメッセージであろう
そして、本来なら世界ウイグル会議とも尖閣問題とも無関係であるはずの米倉経団連会長との会談までをキャンセルした中国政府の狙いもなおさら明白である。

それはそのまま、日本に対する経済的圧力そのものなのである。中国政府は当然、米倉会長は野田総理とはかなり緊密な関係にあり、野田政権に対して一定の影響力を持つことを知っているからである。

このようにして、野田政権に対して政治的圧力をかけてきても結局失敗に終わった中国政府は、長年の経済不振の中で苦しんでいる日本国の弱みにつけ込み、経済問題解決の活路を見出したい野田政権の足下を見て、今度は経済カードを持ち出して日本に圧力をかけてきたわけである。

日本としてこのような外交攻勢にどう対応すべきなのかにかんして言えば、それをいっさい無視して日本の立場を貫いていくべきというのは、筆者の私自身の意見なのである。

( 石 平 )

 
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