鍛冶俊樹の軍事ジャーナル【4月11日号】 を転載

北朝鮮のクイズショー?

テレビが視聴率を稼ぐ方法としてクイズ形式というのがある。クイズを出して芸能人などに答えさせ、「さて正解は・・・」となる。視聴者も引っ張り込まれて一緒になって考えている。サスペンスドラマも同じ仕組みで、殺人事件が起きて「さて犯人は誰でしょう?」30分後には正解が出る。
これは問題を出した者がちで、視聴者はいつの間にか出題者の意図にはまってしまうのである。
北朝鮮の弾道弾実験騒動はまさしくクイズショーさながらだ。「今度北朝鮮が打ち上げるのは弾道ミサイルでしょうか?人工衛星でしょうか?」日本のマスコミはまんまと北朝鮮の宣伝工作に乗せられてしまった。

前号でも触れたように、発射した弾頭が着弾せずに地球を一周すれば人工衛星であり、両者は同一の技術である。そもそもミサイルとロケットの区別はなかった。世界最初の弾道ミサイルは第2次世界大戦中にドイツが開発したV2号だが、当時V2号ロケットと呼ばれていた。
破壊目的のロケットをミサイルと呼ぶようになったのは戦後の米国でのことで、ソ連はミサイルという呼称を採用しなかったから、現在でもロシア、中国、北朝鮮などでは長距離弾道ミサイルを戦略ロケットと呼んでいる。
ちなみに我が国では弾道弾、戦闘機が装備する対空ミサイル「サイドワインダー」などは誘導弾である。

さて弾道弾が着弾せずに地球を一周してしまうとなれば、北朝鮮は地球上どこでも弾道弾で狙える技術を手にした事になる。北朝鮮は既に核爆弾を保有しているから、日本はもちろんグアム島の米軍基地まで核ミサイルの射程に入ることになる。
ところがマスコミでは話が逆になる。人工衛星なら問題がないかのように報じている。デビ夫人が「衛星に決まっています。日本で騒ぐのは馬鹿げています」などとテレビで言うのだ。衛星だったらもっと大変だつーの。

もちろん衛星でないからと言って安心していい訳ではない。実験を繰り返している以上、必ず技術的な向上を目指している筈で、日本を射程に入れる核弾道弾装備に向けて前進することは間違いないのである。
当然、発射実験そのものを阻止しなければならない。そこで玄葉外相が日中韓外相会談で発射阻止に向けて協議をしたが、何の成果もなかったのは周知の通りだ。マスコミは相変わらず中国の北朝鮮への影響力とやらに期待を示しているが、中国のできることと言ったら精々6カ国協議の再開なのだ。
当初、日米韓で阻止すると言っていたのが何故、日中韓に変わったのかと言えば、米国が日本を見捨てたからだ。先月26日のソウルで開かれた核安全保障サミットでオバマ大統領は中国ともロシアとも韓国とも首脳会談をしたのに野田総理とはしなかった。

これには伏線がある。2009年にも北朝鮮は弾道弾実験をしたが、その予告を受けて日本はミサイル防衛の措置を取ったが、その際弾道弾が日本領土に落下する場合に限って迎撃するとした。つまり弾道弾が日本を飛び越えて米国に仮に到達するものだとしても日本が迎撃をしないのである。
これでは米国にして見れば何のための日米同盟か分からなくなったであろう。同年4月5日に北朝鮮は弾道弾を発射し日本の東北地方上空を通過したが、その際、米国は日本に必要な情報伝達をしなかった。日本が米国を守らないのなら米国が日本を守るいわれはないのである。
もし2009年時点で「日本上空を弾道弾実験で使用することは許さない。日本領土に落下するか否かにかかわらず全て撃墜する」と言明していれば、北朝鮮はあの時点で弾道弾発射はできず、おそらく核兵器開発そのものが中止に追い込まれていただろう。
自民党麻生政権のときであるが、今回も同じ立場を踏襲している。先月22日、米ルース駐日大使とフィールド在日米軍司令官は田中防衛相を訪ねて協議したが、会談時間は僅かに15分だった。一人5分、通訳が入るから実質2分半である。防衛相は日米の情報の共有を呼び掛けたが米国の反応は不明である。

2009年の失敗で日米同盟には亀裂が入った。今回の発射で日米同盟は事実上崩壊すると見て良いのではあるまいか。

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軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。
<著書>
戦争の常識 (文春新書)
エシュロンと情報戦争 (文春新書)
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