いつもながら思う
中国政府の言うことは、その意味を逆さまにすれば、だいたい真実に近づく。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24(2012)年4月11日 通巻第3620号 を転載

人民日報、解放軍報、環球時報など一斉に「ネット取り締まりに整合性を」
噂、流言、風説に躍らされる中国の情報空間の取り締まり強化へ

新聞が嘘しか書かないから民衆は独自のネットワークで情報をやりとりする。華僑の情報ネットワークの特色である。中国の官製報道は政治プロパガンダであり、すこしの真実もないことを知識人は知っている。だから権力がいう「噂、流言、風説」とは「真実」が多く含まれる情報なのである。

他方、反政府のみならず共産党の党内にあっても熾烈な権力闘争の展開の過程で政敵を貶めるためにおこなう複雑な情報操作が含まれており、こんかいの薄失脚という政変では薄を支持する党内左派、とりわけイデオローグらが左翼理論の信奉という文脈から過度に「薄き来失脚は陰謀である」と掻き立てた。その典型例が「ユートビア」という有名ブログだが、党は暫時閉鎖を命じた。

「証拠もないのに噂を書くな」と公安部スポークスマンの武和平は9日に記者会消した。(でも証拠のない数字を並べたり、事実確認ができない情報をいつも垂れ流しているのは権力側では?)。

解放軍報(4月9日)はネットに飛びかう流言、とりわけ3月19日と同月31日に流れだした軍事クーデターの噂を重要視し、公安部と協同でネットに情報を流したとされる「犯人」六名を逮捕した(なかには著名ボロガーが含まれた)。

この経過をふまえ、「今後、情報空間の取り締まりには各機関協力体制が必要であり、新しい整合性が求められる」云々と呼びかけた。翌日の「人民日報」「環球時報」もこれにならい、「揺言、雑言」(噂、風説)の取り締まり強化を主張した。

▼リビア、チュニジアの転覆はネット情報から起きた

権力中枢があまりにも神経質となった最大の理由は、昨春からの「アラブの春」の動きであり、チュニジアで独裁政権が倒れるや、エジプト、リビアとドミノのように、新しい情報ツールが遠因となって崩れた。

中国共産党は明日は我が身かと総立ちになる。
中国でネット、ブログ、フェイスブック、ツィッターの情報のやりとりを放置すれば、やがて社会騒擾、擾乱が常態となり、権力の権威は地に落ち、暴動が広がり、社会は決定的に安定をかくことになるからだ。

ましてことし2012年は秋に五年ぶりの共産党大会が開催され、新指導部が誕生する。薄き来に象徴される「太子党」が、このまま権力を失うと安定から遠くなるため、薄き来は依然として政治局員であり、おそらく華国鋒がそうであったように、名前だけの「政治局員」として薄は留まる可能性もある。

あまつさえ、党の中枢のみならず地方の首長、全人代代表などが交代する。地方の首長の多くが民選をタテマエとして、市民十名の推薦があれば誰でも市長や村長に立候補が可能という、表面的な「民主主義」が唱われているが、実際には立候補しても、推薦人に問題があるとか素行調査の結果、「あんたには資格がない」とかの難癖がつけられ、あるいは「立候補の届け出用紙」がないとかのメチャクチャな理由で、一般庶民が立候補するシステムではない。

党大会に前後して、中国で361の市議、2811の県議、34171の村議の役員選挙が行われる。このため買収、売票が盛んで、政敵を貶める情報操作、噂、風説が乱れ飛ぶ。

とくに地方の共産党トップの椅子は金で買うのが常識であり、2005年に発覚した黒龍江省のロシア寄りの都市、媛化(すいか)市党書記選挙のケースでは市政府高官の椅子を、マ・デ(音訳不明)という男が80万元で買い取った。
以後、マは収賄ばかりやりつづけて、まともな施策は何一つとして存在せず、役職を辞めるときには220万元で、そのポストを転売し、あまりのことに死刑判決が降りた(執行猶予付)。

直近の風説のなかで、薄き来失脚関連では徐明(大連実徳集団)と同時に「行方不明」となっていた王建林(大連万達地産集団CEO)も「拘束」されていたとの噂が持ちきりだった。たまたま海外出張で不在だったと会社側は弁明会見を開いた。

王建林もまた薄ファミリーと親しく、とくに薄夫人の谷開来が王建林の会社の法律顧問として活躍した時期、薄が商務大臣であり、地方都市の大型ショッピングモールなどは、商務部の管轄にあった。
王の「大連房地産集団」は、この時期に飛躍し、いまや年商70億人民元、資産60億元、全中国28省、30都市に不動産ビジネスを展開している。

▼結局は党、有職者との距離がビジネスを肥大化させる

推理推測による噂だと思われた。なぜなら王建林は4月9日、北京中南海で行われた中華慈善賞受賞式に参列し、「これまでの中国のチャリティ史上最大の寄付をした人物」として表彰されたという報道が流れたからだ。
王建林は2010年に南京の大報恩寺の再建事業にポンと10億元を寄付した。

王は1954年四川省生まれで遼寧大学を卒業し、89年に大連で不動産ビジネスを開業した。薄商務部長時代に業績を飛躍させ、「大連房地産集団は全国のモデル」と言われるほどの発展を示してきた。

しかし民間企業が党幹部や太子党、秘書党、あるいは枕頭党(高官の愛人となる)とのコネがない限り、こういう奇跡は生まれるはずもなく、太子党や高官への便宜供与、収賄などによってビジネス圏が拡大するのは中国で常識。拘束された徐明は薄瓜瓜の英国留学費用を丸抱えしていた。

反面、党幹部とは一切の収賄関係にない民間企業、あるいは党内で政敵になびく企業が成功するとどうなるか?
過去十年に民間の富豪73名が不審死を遂げており、半数は過労、自殺だが、他は毒殺他殺謀殺など、党や地方幹部に逆らって、あるいは要求される賄を拒否したために起こったとされる。

なかでも内外の注目を集めたのは「呉英」事件だった。
呉英は浙江省鳥義市で努力して美容院を開業して成功し、その後、親戚や同郷の人から資金を募って「東陽企業」を創設、おおきなビジネスに発展した。28歳で最年少の億万長者と騒がれた。
ところが民間企業のため銀行から運転資金が借りられず、途中の事業運営で3億8000万元の借り入りを行ったことが不法とされ、なんと死刑判決。二審は一審を支持したためボランティアの弁護団が組織された。
民間企業の艱難辛苦はまだまだ続くのであろう。

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<宮崎正弘のロングセラー>
『世界金融危機 彼らは「次」をどう読んでいるか?』 (双葉新書、840円)
『2012年、中国の真実』 (WAC BUNKO、930円)
『中国大暴走 高速鉄道に乗ってわかった衝撃の事実』 (文藝社、1365円)
『中国は日本人の財産を奪いつくす!』(徳間書店、1260円)
『自壊する中国』(文藝社文庫、672円)
『震災大不況で日本に何が起こるのか』(徳間書店、1260円)
『中東民主化ドミノは中国に飛び火する』(双葉社新書、880円)