鍛冶俊樹の軍事ジャーナル【11月4日号】を転載

朝日の反米論は破綻した

現在、発売中の週刊新潮で朝日新聞の論説を叩いている。というのも数日前、週刊新潮の記者が電話を掛けてきて「この記事どう思います?」示されたのは朝日の記者、谷田邦一君の書いた複数の記事だ。

小生は実は谷田君とは旧知の仲で何度も酒を飲み交わした事もある。もともとは産経新聞の記者だった。当時、産経の防衛記事は他紙に較べて優れていた。朝日は名うての防衛記者の田岡俊次氏がそろそろ引退の時期を迎える事もあり、産経から防衛記者の俊英、谷田君を引き抜いたのである。

御承知の通り、朝日と産経では防衛問題のスタンスは180度違う。その朝日が敢えて産経から防衛記者を採用したのは、おそらく田岡氏引退に伴って朝日の防衛スタンスを産経寄りに軌道修正させたいとの思惑からだっただろう。

つまり朝日の首脳部としては社論を一新したいと思ったことになるが、古くからいる記者は納得できる訳もない。小生は新聞記者などと言うものは信念とか思想には捕らわれず、柳に風の如く右に左になびきながら勝手気儘な記事を書いていればいいと思うのだが、朝日の社風はさにあらず。

奇妙な使命感やエリート意識に燃えている人が多く、学者よりも学者的、官僚よりも官僚的だったりする。(謙虚に取材しなければいけない筈なのに取材相手を論破してどうする?)

しかも社の団結だけはむやみに大切にするらしく、産経から新入りが来たとなれば、朝日の社風になじませようと折伏する労は厭わない。おかげで朝日の防衛記事は朝日旧来の反米意識で始まり、産経的な親米意識で終わると言うまるでギリシャ神話の半人半獣のケンタウルスの如き様相を呈するに至ったのである。

その典型が9月13日夕刊に掲載された「ひそかな抑止力」と言う記事だ。東日本大震災に救援に駆け付けた米軍の航空祭が青森県三沢基地で開かれた。そこの格納庫を見たら何と兵器が展示されていて衝撃を受けたと言うのである。

なるほど、これは朝日的な書き出しだ。つまり「米軍は人助けなどと言っているけれど、本当は殺人鬼なんだ、だから米軍に感謝する必要はない」という結論になる筈で、朝日の反米反軍思想による問題提起である。

ところがそこから先は突然産経的論調に変わる。これらの兵器を展示する事で抑止効果を狙っているのだと解説する。つまりこれらの兵器は実際に人を殺すのではなく見せつける事で戦争を抑止しているのだという産経得意の抑止論に配慮して見せる。

米軍は軍隊なのだから兵器を持っていて当然だし、それを展示するのは情報公開上からもまっとうだろう。そこに衝撃を受けるという防衛記者という設定もどうかと思うが、そうした朝日的な書き出しをしながら、それを抑止効果で解説して朝日の読者の理解を得られるだろうか?それらの兵器はイラクやアフガニスタンで存分に人を殺傷しているのだ。

大震災の救援に駆け付けた米空母ロナルド・レーガンはあのとき北朝鮮沖にいて演習の最中だった。もし北が核実験の素振りでも見せれば空爆を敢行する計画だった。東日本に駆け付けた米海兵隊は北朝鮮が原発テロを決行した場合に備えて実弾を携行していた。

災害派遣した自衛隊は丸腰だったから、あのとき北朝鮮から日本を守ったのは米軍の兵器だった。そして空母レーガンは原子力稼働であり、日本を救った米軍兵士は原子炉の上で生活していたのだ。脱原発などというが日本は米国の原子力に救われたといっていい。

これが平和の実態だ。平和を守ると言うのは戦争と表裏一体なのである。

 
軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。

書籍
戦争の常識 (文春新書)
総図解 よくわかる第二次世界大戦
 
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