鍛冶俊樹の軍事ジャーナル【10月20日号】 を転載

野田政権は日本をTPPに参加させる方針のようだ。TPPとは、米国を始めとする太平洋諸国間で関税をゼロにするという自由貿易圏構想である。自由貿易圏構想は古くから色々あるが常に問題となるのが農業だ。

日本の場合、米豪などの安い農産品が大量に流入すれば、日本の農業が壊滅するのは必至である。そしてひとたび食糧危機が襲えば、自国民を犠牲にしてまで他国に食糧を輸出する国はなく、しかも世界に継続的に食糧を供給できる農業大国は数カ国しかない。つまり農業はエネルギー産業などと同じく国家の存亡を左右する戦略的な産業なのである。

日本は農業保護の観点からTPPには参加しないと見られてきた。その方針が一転したのは、昨年9月に尖閣事件が起こり中国がレアアースの輸出を停止し日本企業の社員を人質に取るという暴挙に出たためである。日本政府は周章狼狽なす所を知らず、米国のクリントン国務長官に泣き付いて「尖閣は日米安保の対象」と発言して貰った。米軍の介入を示唆されたため、中国はようやく事態を収斂させる方向に動いたのである。

11月に横浜で日米首脳会談が開かれオバマ大統領は日本にTPPの参加を求めた。「尖閣を守ってやるから日本の農業をよこせ」という事である。こう書くと何かヤクザの見かじめ料みたいだがオバマの要求にももっともな点がある。

日本は民主党政権成立以降、沖縄の普天間の米軍移設問題では背信行為を繰り返し、インド洋の米艦等への補給を一方的に打ち切り日米安保体制をズタズタにしてしまった。それでいて中国に脅されると米国に泣き付いて来るというのでは、見かじめ料のひとつも取りたくなって当然だろう。

中国の暴挙にすっかり脅え切った当時の菅総理は米国の意を迎えるしかなかった訳だが、そこには日本の外務省の錯誤も重なっている。と言うのも、その前年から米国は対中包囲網の結成を画策しており日本の外務省にも密かに通知していた。ところがタイで内戦が勃発し対中包囲網は頓挫した。

対中問題に絡んで米国がTPP参加を求めてきたので、日本の外務省は「これこそ米国が密かに画策してきた対中包囲網の実現に違いない」と勘違いして菅総理に進言したらしい。菅総理は一も二もなく飛びついてしまった。実際の対中包囲網は海軍の合同演習の形で進められておりTPPは無縁なのだ。

野田総理は日本の農業を壊滅させないような強化策を検討するように命じたらしいが、長い間過保護に育てられてきた大半の日本の農家が国際競争力を持てる筈はない。株式会社化の導入ぐらいしか策はなく、そうなれば日本の農業は米国のハゲタカファンドの格好の餌食となり挙句の果てに中国資本に買い占められるとなれば、対中包囲網などもはやお笑い草だろう。

オバマ大統領の再選は危ぶまれている。尖閣を守ってくれたオバマに恩義を感じる民主党政権の気持ちは分からないでもないが、日本の農業を売り渡す事までしなくてもいいのではないか。米国産の牛肉を買う事ぐらいで勘弁して貰って、後は日本の防衛力強化と普天間問題解決に尽力した方が日米安保体制にとって好ましい結果となるだろう

 
 

 
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