「民」が「官」に勝つとき
前回は、中国の電力会社が電力料金の引き上げを禁ずる政府の行政干渉に反抗し、「設備点検」と称して減産体制に入ったことを取り上げて論じたが、さる5月30日、この攻防に決着がつけられた。
国家発展改革委員会は同日、湖南や重慶など15の省・直轄市で工業用の電力料金を引き上げることを表明した。電力会社の造反に屈服した形の意思決定である。
それに先立つ24日、製品の値上げを政府によって一旦止められ、おまけに罰金まで科せられた英蘭系日用品大手のユニリーバはとうとう、「わが道を行く」と腹を決めて果敢なる値上げに踏み切った。一部製品の値上げ幅が10%以上となる本格的な値上げだが、今度、当局は一転して、「値上げは企業の権利」と言ってそれを認めた。
市場の原理をテコにした民間企業の反乱はこうして完全な勝利を収めた。「民」は「官」に勝ったのである。
実は同じ5月に、「官」に対する「民」の勝利を意味する別の事件も起きた。
今年2月、吉林省遼源市の環境保護局で局の幹部と一般局員が受領する冬ボーナスに大きな差がついたことに対し「不公平だ」との批判が局内で巻き起こったところ、局長の郭東波氏は全局大会で逆上して、「何が不公平だ。お前らペーペーには公平なんか要るもんか。まったくの恥知らずだ」と、公平を求める局員たちを罵倒した。
しかし思わぬことに、その時のスピーチが録音されていた。そして5月22日、その発言の内容は録音とともにネットに掲載され全国に流れた。
案の定、ネットの世論空間では、「ペーペーには公平は要らぬ」という郭局長の暴言に対する批判の嵐が吹き荒れた。
すると、2日後の24日、遼源市共産党委員会はこの問題発言の真相に対する調査に入り、さらに2日後の26日、当の郭局長は責任を取って辞職させられた。
一時前の中国では考えられないような事態だが、民衆の反発の前で、1人の共産党幹部のクビがこうも簡単に飛んでしまった。もちろんそれは、「社会的公平の実現」を標榜(ひょうぼう)する共産党政権の「理念」を逆手にとった批判が功を奏した結果だが、今の中国では、「民意」というものはすでに、政権が無視できない力を持ち始めたようだ。
一方、「民」の不満が無視されたことの危険性を政権に思い知らせる事件もあった。
5月26日、江西省撫州市で地元政府庁舎など3カ所で連続爆破事件が発生し、少なくとも3人が死亡した。
それは、再開発などのため地元政府に自宅を取り壊されたとして長年にわたり抗議活動を続けていた男の犯行であることが判明した。事件4日後の5月30日、胡錦濤国家主席はさっそく政治局会議を開いて「中国は今、社会的矛盾が突出する時期である」と認めた上で、安定維持のための「社会管理の創造的刷新」を訴えた。
1人の男の決死の抗議行動が政権に与えた衝撃の大きさがそれでよく分かったが、その翌日、事件発生地の江西省の省長も更迭された。
このようにして、2011年5月の1カ月間、企業の「値上げ闘争」からネットの「暴言幹部クビ切り作戦」まで、「民」は実にさまざまな形で「官」に対する堂々たる反乱を試み、そして思わぬ勝利を収めた。
その一方、市場の原理と民意の力の前で不本意な全面敗退を余儀なくされながら、政権は今、自らの支配体制をどう維持したら良いのかと苦慮している最中のようだ。近未来における中国の激変を予感させる地殻変動は、すでに目の前で起きているのである。
( 石 平 )
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