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花岡信昭の「我々の国家はどこに向かっているのか」2011年3月16日を転載

巨大地震に救われた菅首相

2011年3月11日午後2時46分――。東北から関東の太平洋岸を襲ったM9.0の巨大地震によって、政治の構図は一変した。

結論的にいえば、菅直人首相はその進退があやぶまれるほどの状況に追い込まれていたのだが、巨大地震が「救った」ことになる。その一方で、この国家的非常時にいったいこの首相で大丈夫なのかという思いが国民の中に浮上しつつある。

この日は、前原誠司前外相に続いて菅首相にも在日外国人からの献金の事実が明るみに出て、午前中の国会で菅首相は「外国人とは知らなかった」と辞任要求を突っぱねた。

午後、東京都議会で石原慎太郎都知事がこれまでの引退の意向を一転させ、4選出馬を表明した。巨大地震が起きたのはその直後であった。

阪神淡路大震災を超える災害規模に

巨大地震による津波は北海道から沖縄まで、列島を襲った。東日本の太平洋沿岸は被害が大きく、壊滅状態になった地域もある。死者・行方不明者は1万人を大きく超えると見られている。

阪神淡路大震災(1995年1月17日)の死者は6434人。その倍以上の規模に達するかもしれない。あのときの被害総額は10兆円とされた。国は復興などの費用として3回にわたる補正予算を組んだが、その合計は3兆3800億円であった。

今回は地震、津波、そして原発事故という三重苦が襲った。福島原発は地震によって自動停止したものの、燃料棒の冷却システムが津波によってズタズタにされた。必死の冷却作業が展開されている。放射性物質によって広範囲の汚染が懸念され、周辺30キロの住民が避難したり屋内退避したりするという事態となった。

原発事故などによって、電力不足が深刻化、東京電力は5地域に分けて3時間程度ずつ停電させるという「計画停電」を余儀なくされた。巨大地震は日本の経済も政治も直撃した。

被災地は町そのものが津波によってごっそりとなくなるといった悲惨な状況で、東北、関東各地の被災者は数十万に達した。

菅首相に国家リーダーとしての資質はあるか

まさに終戦直後のような国難ともいえる非常事態となったのだが、こういうとき、国家リーダーはどう行動すべきか。菅首相にはその重い命題が突き付けられたのである。

菅首相は地震発生の翌朝、ヘリで現地を視察、福島原発も訪れた。原発側ではこの応対に追われて、事故対策が遅れたという指摘もある。菅首相はその後も現地入りを望み、周辺に止められたという話もある。

地震から4日目の15日早朝、菅首相は東京・内幸町の東電本社に乗り込み、政府との対策本部の会議に臨んだ。3時間にわたって東電内で、「テレビで爆発音が放映されて1時間ぐらい官邸に連絡がなかった。いったいどうなっているのか」と幹部たちをどやしあげた。

「あなたたちしかいないんでしょ。覚悟を決めてください。原発から撤退すれば東電は100%つぶれます」などと、廊下にまで聞こえるほどの怒声が響いたという。

東電の対応が後手にまわったのは事実だろうが、この非常時に一国の政治リーダーが東電に乗り込み、幹部たちを叱責するという光景はきわめて異様である。

いただけない「イラ菅」の復活

阪神淡路大震災のさいには、村山富市首相が自衛隊の出動の遅れなどを追及されて、「なにせ初めてのことじゃから」と述べ、顰蹙(ひんしゅく)を買った。かたちは異なるが、国家リーダーのあり方に疑念が持たれた点では共通している。

当面の被災者救援、原発対策、そして壊滅状態となった市町村の復興、生活再建という気の遠くなるような難事業が待ち構えているのである。そこには政治指導者と国民の間の信頼関係がなくてはどうしようもない。

菅首相は「イラ菅」というあだ名がついたほど、すぐかっとなり、周辺を怒鳴りまくる性格で知られていた。これを封印していたはずだったのだが、この危機的局面で完璧に精神的限界に達してしまったようだ。

そっぽを向く官僚たち

民主党政権は「政治主導」「脱官僚」を掲げたが、これがスムーズに進まず、官僚の世界は「面従腹背」となった。民主党は完全に政治主導のはき違えを演じてしまったのである。ようやくこれに気付き始めた矢先に起きた巨大地震であった。

官僚の中に知人も少なくないが、オフレコベースで話をすると、この政権にはほとほとあきれ果てている様子がよく分かる。「官僚が不要だというならばどうぞご勝手に」「次の総選挙後には自民党中心の政権に戻るのだから」といった意識が大勢だ。

これが、戦後最大級の非常時に見事なまでにあらわれてしまった。官僚たちはこの「短慮型暴君」を扱いかねて、まともに付き合おうとはしないのだ。

だいたい、ときの首相が青筋立てて周辺をどやしまくっていては、官僚組織から知恵も対応策も出てくるはずがない。

自衛隊5万人の派遣を命じ、さらに10万人にせよと指示した。防衛省と事前のすり合わせなどまったくなかったという。自衛官を減らし防衛費削減に突っ走った首相の指示を、自衛隊の現場がまともに受け取るはずがない。

この期に及んでパフォーマンスに走る菅首相

節電担当相に蓮舫氏、ボランティア担当の首相補佐官に辻元清美氏を起用した。「事業仕分け」で売った蓮舫氏に今度は電力使用のカットをさせ、阪神淡路大震災のさいに現地で反戦ビラをまいた辻元氏を起用する。そのポピュリズムにどこまで気づいているのか。

やることなすことすべてが、パフォーマンス優先の「政治ショー」としか映らないのである。この首相がこれだけの非常時にあって、危機菅理から復興に至るまで国を挙げての一大事業に取り組めるのかどうか。

被災地では被災した人たちの秩序正しい礼節さが伝えられ、ほかの国では当たり前のように起きる略奪のたぐいはあまり起こっていない。このことを世界中が驚き、日本人の倫理性の高さは国際的な称賛の対象となったのである。

地域コミュニティーが残っている東北という地域的事情もあるにせよ、日本人の共同体意識、モラルの高さが世界に認知されたのだ。

であるにもかかわらず、国家リーダーが目を血走らせて、青筋を立てている。この非常事態に本当に対応できる首相であるのかどうか、国民はいま、そこを見極めようとしている。

問われる国家リーダーとしての「器量」

こういう危機的局面における国家リーダーとしては、もっと堂々とどっしりとして、周辺の政治家や官僚に思い切り仕事をさせ、なによりも国民との信頼感に裏打ちされていなくてはならない。

いわば、国家リーダーとしての「器量」がなによりも要求されるのだ。かつての首相でいえば、岸信介、佐藤栄作両氏らを思いうかべる。財界人でいえば土光敏夫氏か。

隅々まで熟知していながら、それを表には見せず、部下たちを自在に動かしてそれぞれの手柄とし、その存在感で国民の信頼を勝ち得るという存在である。

ともあれ、巨額の復興予算をどう確保するのか。民主党の岡田幹事長らは子ども手当の上積み分などをまわして補正予算を編成したいと野党側に申し入れている。

自民党など野党としても、ここは政治抗争を展開していて許される局面でないことは承知している。とりあえずは協力する姿勢を見せてはいるが、「お手並み拝見」の冷ややかな視線も見え隠れする。

それも当然と言えば当然だ。この巨大地震が起きていなかったら、外国人からの献金問題などをめぐって首相の進退問題が政治の中心テーマになっていたはずだからだ。

巨大地震が政界再編の引き金になるか

被災地の復興、原発の再生といったことまで考えると、ここは国家の総力をあげてマスタープランをつくり、思い切った資本投下によって、この大事業を成し遂げなくてはならない。

海岸線近くにあった町を、自治体の境界を超えてそっくり山側へ移すといった大胆な発想も必要になろう。官民あげての「日本版ニューディール」だ。あるいは、復興対象地を「特区」とするアイデアなども取り入れる必要がある。

現時点でざっくりといえば、民主党が掲げていた子ども手当、農家への戸別所得補償、高速道路無料化、高校無償化といったバラマキ型4K政策などはすべて中止し、その一方で消費税を大幅に上げるというダイナミックな手でも打たない限り、巨額の財源は生み出せない。

株価暴落をはじめ、日本の先行きに対する懸念が世界中に出始めている。この国難に対処するリーダーが今の人では心もとないというのであれば、解散・総選挙をやっている余裕がない以上、民主党自身が結論を出さなくてはなるまい。そう難しいことではない。党の代表を代えればいいだけの話だ。

あるいは、自民党なども巻き込んで「救国挙党政権」をつくるか。そうなれば、巨大地震が政界再編の引き金になるわけで、日本の将来にとっても悪いシナリオではない。