日本国内ではすっかり険支那イメージが定着しているが、風評に偏ることなく、在日支那社会を冷静に見つめてみたい。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成25(2013)年6月19日 通巻第3967号 を転載
山田電器の中国撤退に快哉を叫ぶ中国語メディア
最近の在日中国語新聞は何に関心があり、いかように日本を報じているか?
日本で出ている中国語新聞は50紙以上がある。なかでも12の有力紙は池袋のチャイナタウンに発行元が集中している。日本に於ける就労、ヴィザ延長の法律相談など、在日華僑、華人のコミュニティで偉力を発揮しているが、いったい内実はどうなのか、日本人が知らないことが多い。
詳細を検証してみよう。
ネット世代特有のバーチャルなナショナリズムに共鳴するのは若い中国人世代。とくに最近の留学生らの一部に日本へのあこがれが消えて、習近平の「愛国主義による中華民族の復興」に賛同するという一連の付和雷同集団がいる。
この拝外主義的ナショナリズムを、在日華字紙でもっとも鼓吹しているのが『網博週報』である。
同紙は「日本の諸悪の元凶は天皇制である」などと平気で書くメディア、つまり極左だが、ナショナリズムを獅子吼する、いってみればカルト的な主張を繰り出す特色があり、「尖閣で話し合いに応じない日本は中国を敵と見なしている」(同紙、6月14日号)。
戦後史のとらえ方は「戦勝国史観」でGHQ裁定を踏襲しており、「大戦後、蒋介石はなぜ天皇制の存続を許したのか」などと歴史のイロハも認識できないで珍妙な主張を連載している。ここでは蒋介石も「中国同胞」扱いである。
またカリフォルニアのサンディエゴ沖合の島における日米合同軍事演習はオスプレイを日本の護衛艦に着艦させるなど、想定は尖閣が奪われて、その奪回を企図した共同軍事演習だったが、「中国の中止要望を無視、日米が奪島で『連合演練』を強行」などと分析している。米中首脳会談は七つの成果があったという中国政府の見解を丸出しである。
ところがこの『網博新聞』も、後半部へ行くと「日本の風俗は平安時代からある」とか、儒教精神とビジネスとかの飛んだ話にうつり、あげくは日本の女優がヌードになったと写真入りで報じ、政治を表看板に中味は芸能ニュース風。そして無数の広告は格安航空券、弁護士事務所、運転免許所(日本語ができなくても中国語の試験があり、二週間で取得できるなどと謳い文句)そしてスナック、パブ、ナイトクラブなど高給急募の広告、アロエマッサージ、美容室、ネイルサロンなど延々と続く。求人広告は在日中国人の間に効果的で、新聞片手に電話している風景にもよくでくわす。
この新聞は週刊、発行元は池袋。北口に行くと無料で配布している。一帯の中華料理レストランにもレジの周辺に積み上げてあって在日中国人は気軽に持ち帰る。そして池袋北口に集中していた新しいチャイナタウンは、池袋東口からサンシャインの裏通り、大塚駅北口へと膨張し続けている。
▼老舗三大紙は何を書いているか
在日華字紙の老舗三大紙は『陽光導報』『中文導報』『東方時報』だ。
いずれもブランケット判の本格派で広告も風俗関係はすくない理由は高級紙を目指しているからかもしれない。
むしろ弁護士事務所の「ヴィザ延長、永住権、配偶者との揉め事解決」などあの手この手で日本永住もしくは帰化ノウハウによる顧客獲得のための宣伝が多い。
『陽光導報』は北口のチャイナタウンのランドマークともいえる「陽光城」の経営で、この場所では中国食材、中国酒、缶詰などが山積みとなって、店の横手に新聞の無料スタンドがある。
このメディアの特色は在日華人の動向、中国と台湾の政治、社会のおおまかな動きを伝える一方で、たとえばヤマダ電器の中国撤退など在中国日本企業の動きも大きくスペースを割いて伝える。
日本における不動産の格安な物件、マンションの手頃な物件の紹介もあって、購読者の関心の有り様も掴める。したがって投資指南のガイドブックを兼ねている側面がユニークと言えば、きわめてユニークである。また人民元vs日本円レートの詳細のほか、財閥、富裕層への関心が執念深いほど強く、おそらくこれは新聞経営者の関心が政治より、蓄財にあるからだろう。
昨今、日本の森林、水資源をもとめて中国人が大挙、日本の土地を買い占める『事件』がつづくが、同紙は「新小岩、オートロックマンション、2499万円、消費税込み」とか、「華人専用マンション、投資用にも最適、川口2690万円。中国銀行(池袋支店有り)の25年ローンを組むと年利2・1%」とか。そのうえ購入後の内装、インテリア。レストラン新規開店の看板、内装工事、看板屋などの広告も一連のセット。『陽光導報』を読めば、日本の不動産投資ガイドブックといったところだ。
なお、このメディアは姉妹紙をもっており、それは『玩韓東京』という全ページがカラーのタブロイド判で、ほぼ全面が風俗・社会のニュース。そして広告は風俗が主流となって、読者対象が仕分けされている。
▼ヤマダ電器の撤退を「敗走」と書いて快哉叫ぶメディアの代表は?
『東方時報』の特色は在日華人にためになるニュースが多い。在留資格が緩和されたとか、ヴィザの発給条件がゆるんだとか、留学生の就職動向、募集要項の、どの大学が中国人留学生に有利かなどの情報がある。「定住五年のヴィザ延長条件、永住申請の条件緩和」など相談コーナーに加えて、「国際結婚」がやけに多い。在日メディアが国際結婚というのは、日本人配偶者斡旋のエージェントが多数存在するからでもある。このメディア、大阪での集団による生活保護申請事件も、大きく報じた。
旅行情報でも変化を見逃さず、「ANAが持ち込みに持つ二個を一個に制限した」などと細かな、しかし在日中国人にとっては有益なニュースが満載されていて、便利である。ただし、このメディアは三大老舗のなかで、もっとも反日姿勢が強い。
たとえば安倍首相主導の横浜で開催の「日本アフリカ会議」は「尖閣にくわえての日中争奪戦争」という位置づけになる。「日本のアフリカ投資は中国の七分の一に過ぎないが、中国がこれまで展開してきた優しい外交の積み重ねも日本の野心を警戒しなければならない」という分析、アフリカ諸国が中国を嫌っていることは一切伝えていない。そればかりか「調査の結果、アフリカ諸国は中国のさらなる投資増に期待している」などと中国政府の代弁風な主張を展開している。
また安倍政権がとなえる憲法改正だが、「中国に悪い影響がある」などと評価が逆転し、憲法改正に反対する野党のデモを大きく写真入りで報道している。共産党、社民党ら少数派の憲法改正反対デモが、あたかも日本の大多数の民意であるかのような錯覚した記事の作り方、これは在日中国人に誤解を与えかねないだろう。まるで朝日新聞の紙面作りかと思われるほどだ。
とくにヤマダ電器の中国撤退(南京店を閉鎖)は大書して報道特集だが、それも「日中関係は政治が激突し、経済が冷え込んだ結果であり、ヤマダ電機は『敗走』した」となる。事情通に聞くとヤマダ電機現地法人に対して壮絶な嫌がらせがあって、政治の反日を利用してライバル企業などが背後で絡んでいたという。
▼多少の理性は働いているようである
もっとも老舗のメディアは『中文導報』で、論調も穏健である。
これは意外に理知的で反日姿勢も他のメディアに比べると穏やかな書き方に特色がある。政治の大局観があり、歴史的な方向性を論じるという特色をもち、日中関係でも「野中広務の尖閣棚上げ議論は日本に波紋を呼んだ」などとする一方で「オランド仏大統領の訪日を暖かく迎えて外交得点をあげた日本の意図は、国連に於ける反中国の動きに連動」と分析する。
他方では中国社会のくらいニュースを逐一大きく報じる特色がある。たとえば他の中国語メディアさえ詳細を報じなかった劉志軍(善鉄道部長)の汚職裁判の事実経過、あるいは福建省アモイでおきた47名のバス放火テロ事件を写真入りでこまかく報じつつ「当局の発表は鵜呑みに出来ない。事件後すぐに犯人を特定し、犯人の遺書が自宅から発見されたが、教養疑わしい人物なのに字がきれいで犯行動機が論理的なのも疑義あり」と書いている。
中国大学生の日本親善訪問や日中青年友好カラオケ大会など、どうやら『中文導報』は、日中友好を最大限重視していることが分かる。
日本経済分析のページも多く、日本株の動向、為替分析。とくに日本市場に復帰したジョージ・ソロスとか有名ヘッジファンドの動きを分析したかと思えば、日本の三大富豪として孫正義、柳井(ユニクロ社長)三木谷(楽天社長)らの動静まで。日本で生活するときの法律相談は各紙共通だが、「日本の法律で交通事故の処理はどうしたよいか」「こういうケースでは、どの病院にいったら良いか」などのアドバイス欄も充実している。
果ては、ブランド品を安く買える質屋はどこそこ、安くて快適な温泉は何処か、などといった在日ベテラン用の記事も多い。後者は日本人読者にとっても有益情報である。
タブロイド判の『華人週報』はもっと露骨に対日投資指南ガイドブックのようでもあり、円安のいまころ日本投資絶好のチャンス」であり「華人の不動産投資が急増中」と伝える(6月13日号)。
また中国で発禁処分を受けた『劉暁波伝記』『中南海の内幕政治局25名の秘密』などの中国語書籍を扱う書店の紹介など、在日中国人にとっては身近の情報が多く、たとえば中国食材はどこで買うと安いか、中国のヴィデオ、DVD、レコードの通信販売、日本で美味しい中国レストランの紹介もある。
中国国内ニュースは美人コンテスト、スポーツ、芸能、詐欺事件の判例など。日本では報道されなかった高級幹部の裁判のニュースも結構多いのは、読者の関心がどこにあるかを物語っている。
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