鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 9月20日号 を転載

今月8日、ロシア空軍の戦略爆撃機ツポレフTu95通称ベア、2機が日本列島を丸々一周するという異常な行動に出た。
今まで日本を半周することはあったが、丸々一周するというのは初めての事で、日露史上で言えば昭和20年(1945)のソ連軍の千島侵入以来の暴挙と言っていい。ただし事件の性質としては、ソ連の日本侵攻の予兆となった張鼓峰事件(1938)に比せられるべきであろう。

「成立したばかりの野田政権の出方をロシアが伺った」という見解が一部マスコミで示されたが、精緻に見ればそんな生易しい事態ではないことが分かる。日本はまさに周辺国によって分割される寸前と言っても過言ではない。

奇怪な点の第1は、その侵入路だ。爆撃機は北朝鮮方面からやって来て対馬を抜け沖縄を迂回している。先月24日にメドベージェフ露大統領と北朝鮮の金正日総書記の会談がロシアの軍事基地で開かれ、天然ガス・パイプラインを北朝鮮さらには韓国まで引くことで合意している。従ってロシア機の行動は「朝鮮半島はロシアの勢力範囲に入りつつある」との示威であろう。

奇怪な点の第2は、同日、中国の偵察機Y8が東シナ海の日中の事実上の境界線を越えて侵入している点だ。まさに日本は露中両国から袋叩きにされた格好だが、中国軍機の行動は日本を叩くというより寧ろロシア機の行動に反応したものと見た方がいい。

と言うのも8月31日、ロシア海軍は日米と合同訓練を示唆した。日米は何も聞いておらず一方的な宣言なのだが、そのロシアの軍艦の名前がワリヤーグだと言うのである。言う迄もなく同月10日に中国が就航させた空母の旧名もワリヤーグだ。つまりこのロシアの発表は「ロシア海軍は日米と同盟して中国に当たると言っている」のも同然なのである。

実際には露艦ワリヤーグを中心としたロシア艦隊は9月8日から北海道北東で軍事演習に参加しており、露軍機の日本周回もその演習の一環だったわけだ。つまり中国からすればこの露軍機は中国を標的に行動している事になるのである。

奇怪な点の第3は、米国の沈黙だ。ロシア軍の極東における異常な行動に対して、在日米軍、在韓米軍を維持している米国が殆ど何も反応していない。これは黙認しているとしか考えようがない。

ロシア軍が一方的な宣言をした8月31日、ロシアではプーチン首相臨席のもとロシア最大の国有石油企業ロスネフチと米国石油最大手エクソン・モービルの提携の調印式が行われていた。

一説には米国は世界最大の産油国サウジアラビアの民主化を決意していると言われる。さきにリビアが民主化の名のもとに内戦となり、石油の供給が停止している。これでサウジの石油の供給が停止すれば原油価格の急騰は必然で、米国としては世界最大の資源大国ロシアとの同盟は絶対に必要となる。

つまり米国とロシアの同盟の基本的な道筋ができており、それ故に米国はロシアの極東における軍事覇権の拡大を容認したと見るべきであろう。

しかしながら野田総理の完黙はどういう訳か?不法占拠している北方領土を基点としたロシアの軍事演習は我が国として断じて容認出来るものではないし、米国がもし容認したとするなら許しがたい背信であろう。自衛官の息子である野田総理がこの事態を容認するとするなら、今回の事件で最も奇怪な国は他ならぬ日本だということになる。

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