やはり、北京で行われた米中バスケットボール親善試合での乱闘は、偶発ではなく意図的だった。
習近平の外交に水を差す結果となり、政治的対立が背景にあると推測できたが、これは政府内ではなく軍部の独断である可能性を指摘する石平氏。さすが、「誰よりも中国を知る男」だ。

石平(せきへい)のチャイナウォッチ
2011/09/02 を転載

中国政府の外交壊す解放軍

8月18日、北京で行われた米中バスケットボール親善試合で吃驚仰天(びっくりぎょうてん)の大乱闘が起きた。
なかでも、中国・人民解放軍所属の中国人選手が、米選手に馬乗りになって殴ったり椅子を投げつけたりして、異常な凶暴ぶりを呈していたことがとくに印象的であった。

乱闘が起きたのはバイデン米副大統領の北京滞在中である。
バイデン訪中に際し、中国の胡錦濤国家主席・温家宝首相がそろって彼との会談に臨み、次期最高指導者の習近平副主席はその訪中の全日程にわたって同伴した。

中国側が最大の努力をして米国との関係強化を図り友好ムードの演出に腐心していたことがよく分かる。親善試合も当然、友好ムード演出の一環として催されたものであろう。

しかし、乱闘における中国人選手の異常な乱暴ぶりは、逆に友好ムードの演出を徹底的に壊してしまい、中国政府の外交努力に水をさすような結果となった。しかもそれは解放軍所属チームの行為であったから、ことさら問題なのだ。

解放軍のチームは、規律も統制も普通の民間チームより厳しいから、選手たちが政府肝煎りの「親善試合」で、やりたい放題の乱闘に出るとは普段ならとても考えられない。

しかし、それが現実に起きたのだから、解放軍はわざとバイデン訪中のタイミングを選んで米中の「友好ムード」を潰そうとしているのではないか、との疑問が湧いてくる。

実は、今年1月に当時のゲーツ米国防長官が北京を訪問したときの出来事を思い起こせば、この疑問がけっして根拠のないものでないことが分かる。

1月11日、胡錦濤国家主席が北京訪問中のゲーツ米国防長官と会談した同じ日の未明、解放軍は次世代ステルス戦闘機「殲20」の初試験飛行を断行して世界全体を驚かせた。

それは、どう考えてもゲーツ国防長官の訪中に合わせた「デモンストレーション」としか思えないが、その結果、当のゲーツ国防長官が大変困惑してしまい、同日行われた胡錦濤・ゲーツ会談もかなり異様な雰囲気となった。

しかも、肝心の胡錦濤主席は解放軍による試験飛行をまったく知らなかったことが、ゲーツ国防長官の証言によって明らかにされている。それは、やはり中国政府が進める対米外交を、わざと壊そうとする解放軍の独断行為であろうと考えられよう。

そして、前述のバスケ試合乱闘事件と重ねて考えてみると、この2つの不思議な出来事の背後には同じ構図が存在していることが分かる。同じ米国からの要人訪中に合わせて、同じ解放軍が「奇襲」ともいうべきやり方でそれを潰そうとする行為に出たのだ。どうやら、解放軍は中央政府および最高指導部の対米外交に反発して独自の対米強硬姿勢を示そうとしているようである。

もしこのような推理が真実に近いものであれば、そこからは、今後の中国情勢を占う上で実に重要な意味を持つ結論を導くことができる。

その1つはすなわち、胡錦濤指導部と解放軍の間で、対米戦略において深刻な亀裂が生じてきていることであり、もう1つは、今の解放軍がすでに党と政府の統制から逸脱して、独自の意思を持って行動しようとしていることである。

それは確実に、中国における体制の崩壊を予兆させるような重大な政治的変化である。そして日本の安全保障の視点からすれば、統制の利かない中国・人民解放軍のこれからの暴走はまた、大変憂慮すべき深刻な事態になるであろう。

( 石 平 )

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