花岡信昭の「我々の国家はどこに向かっているのか」2010年12月9日
閉塞状況を抜け出すには「大連立」しかないを転載

「一に雇用……」はどこへ行った?

大学の仕事にかかわっていると、なんといっても関心の中心は学生の就職だ。来春卒業予定者の内定が6割に達しないというのだから、これは「政治の無策」といって過言ではない。
まして、いまの菅首相は「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と大見えを切ったではないか。実はこれが、でたらめもいいところだということがようやく一般にも周知徹底してきたようだ。支持率急落の一因はそこにもあるのではないか。

やや乱暴な言い方になるが、「一に雇用・・・」と言い切ったからには、雇用対策を真っ先に掲げてもらわないと困る。例を挙げれば、「子ども手当」は雇用に直結しない。まず、この全廃に踏み切ることだ。
その分を中小企業対策に充てる。これだけでも雰囲気はだいぶ変わってくる。
事業仕分けなどというパフォーマンスだけの「いじめ型政治」はやめることだ。あれによって生み出される財政効果がいかに微々たるものであるか、国民はいやというほど知らされた。

だいたいが、裁判員制度もそうだが、素人が重要な判断をまかされるという「参加」が民主主義だというのは虚妄である。プロにしかできないことはあるのだ。
民主党は勘違いの「政治主導」と、このサディスティックな事業仕分けの手法によって、その体質に基本的な疑念が突き付けられることになった。
事業仕分けといいながら、一方で主張していた「地域主権」はどうなったのか。事業を仕分けするのなら、国は国家でなくてはできないことをやる、それ以外はすべて地方に権限もカネも移すといったダイナミックなことをやらなければ、ほとんど意味はない。

社民党との連立は「悪魔の選択」

以下、頭の体操の意味合いも込めて、ざっくりと論を進めていくことにする。
菅政権は衆院で3分の2をなんとか制するため、社民党との連立復帰に向かっているようだ。これも雇用対策からいうと完全に逆行している。

社民党との連立を復活させると、普天間の移設は完全に宙に浮く。これにからむ公共事業がすべてなくなる。普天間を棚上げにしたら、沖縄に過度の資金支援をする必要もなくなるから、沖縄経済は冷え込んだままだ。
もうひとつ、武器輸出3原則の緩和も頓挫する。軍需産業というのは最先端技術を必要とし、アメリカを見ても分かるように、産軍複合体の経済効果は極めて大きい。武器輸出3原則の緩和に期待していた業界は、社民党の連立復帰で一気に萎縮する。
菅政権はその危険なゾーンに入り込もうとしている。政治的な選択としては、衆院で何としても3分の2を確保するという方向はあり得るのだが、その一方で大変な代償を払わなくてはならない。社民党はその意味で菅政権にとって福の神ではなく貧乏神だということを認識する必要がある。

ではどうするか。このコラムではかねてから主張してきたが、民主党と自民党を中心とした「大連立」しか、日本経済立て直し、もっといえば「日本再生」の方策はない。
なぜ、日本はここまで落ち込んでしまったか。GDPは中国に追い抜かれ、政治的にも国際的地位は下がる一方だ。かつての経済大国の面影はなく、政治面でも経済面でも「三流国」に成り下がろうとしている。

自民党との「大連立」しか選択肢はありえない

何といっても、国民の中にある将来への「漠たる不安」を解消する必要がある。それが現段階での政治の最大の使命であるはずだ。
学生に聞いてみると、年金制度をまったく信用していない。「われわれが年金をもらうころには完全に破綻しているのでしょうね」などと平気で言う。「就職したらせっせとため込んで老後に備えなくては」というのが、意識の高い学生の通り相場だ。
自己責任原則からいえば結構なことでもあるが、国家の年金制度への信頼感がゼロというのも情けない話ではある。

国民の中の「不安」は、経済的不安の一方で、安全保障面での不安も強まった。半世紀ぶりに起きた朝鮮半島の南北砲撃戦は、死者が出た韓国には申し訳ない言い方になるが、日本の「平和ボケ」を覚醒させるには格好の教科書となった。
「尖閣」をめぐる一連の事態、ロシア大統領の北方領土訪問という非礼な行動によって、中国とロシアに対する警戒感も強まった。これも教科書的作用だ。政権の対応がだらしないから、よけいに国民は敏感に反応するようになる。
国の借金が800兆円、いずれ1000兆円になる、などと聞いて、国家破産が現実に起きるのではないかという不安も、冗談話とはいえなくなった。

いってみれば、国民は「巨大な不安」の真っただ中にいる。政治が為すべきは、将来への確固とした国家像と国家戦略を描くことだ。だが、信頼感を失った菅政権も、これを追い込めない自民党も当事者能力があるのかと疑われている。

ここは「大連立」しかない。厳密にいえば、社民、共産両党を除いた勢力による大連立だ。これに民主党左派を排除側として加えてもいい。
この部分は、日米同盟を基軸とした日本の国家像を描き切れていない。外交・安全保障政策において、明らかにそれ以外の政治勢力とは異なる。したがって、これからの国家再生に向けての動きには狭雑物でしかない。

「消費税20%時代」を早急に作れ

大連立で何をやるか。消費税20%時代を早急につくることだ。これは所得税、法人税の大幅な引き下げとの同時実施となる。税財政構造を根本的に変えないと、日本の再生は困難だ。与野党で攻防戦を演じている間は消費税には手をつけられない。

日本がこれほどの財政危機に陥っていても、なぜ国際社会で一応はそれなりの扱いを受けているか。それは消費税が5%という世界的に見ても考えられないほどの超低率で据え置かれているためだ。
国際経済の世界の半ば常識的な見方といっていいのだが、日本はあと15%ほど消費税を引き上げられる余地があるから、相手にされているのである。国際社会では日本の「消費税20%時代」は織り込み済みなのだ。知らぬは日本国民のみである。
消費税が20%になれば、これで50兆円の税収が出てくる。所得税・法人税減税で、サラリーマンの可処分所得は一気に増え、個人も企業も活力が増す。
これを背景に、年金、介護、医療などの福祉政策を立て直し、社会基盤整備に思いきった投資を行う。だいたいが、ちょっと雨が降れば、山が崩れ、水があふれ、死傷者が出るという状況では先進国とはいえない。社会的インフラの整備、つまりは公共事業の余地はいくらでもある。

外交・安保政策では、日米基軸を改めて確立することだ。普天間移設などでつまらぬ時間を浪費するようなことはやめる。集団的自衛権の容認に踏み切る。これによって、日本は「日米同盟をテコに中国に対峙する大国」となり、東アジア諸国からも信頼される兄貴分となる。

財政面で当面の措置として、無利子非課税国債という手法もある。ゼロ金利だからタンス預金ばかり増えている。カネを持っている人はいつの世にもいるわけで、使わないから景気が上向かない。
無利子だが相続税の対象にはしないという新型国債を発行すれば、50兆円は出てくると試算した人もいる。

このカネが世の中をかけめぐる。日銀のちまちまとした金融緩和策よりもはるかに強烈に作用するはずだ。

完全小選挙区で、新たな2大政党制を模索せよ

来春の政局展望の中で、大連立の可能性を指摘する向きはある。その動きをなんとか加速させてほしいものだ。
その時点で、次の衆院総選挙まで2年余りある。2013年の参院選との同時選挙もあり得る。

ならば、大連立の間に、衆院の選挙制度を変えて、完全小選挙区制にすればいい。選挙が近くなれば、大連立を解消し、新たな2大政党に収斂させていく。今度は外交・安保で共通の基盤に立った理想的な2大政党になる。
道州制の導入まで決めて、参院を道州の代表院とするといった大胆な参院改革への糸口もつけられれば、憲法改正の入り口になる。

つまりは、衆院は2大政党激突による政権選択の場とし、参院を政局から切り離すことだ。これによって、衆参ねじれによる国政停滞という日本政治を悩ませてきた元凶がなくなる。
こういう大改革をやってのけるのは、民主党と自民党という日本の将来に責任を持つ大政党の基本的責務であるはずだ。
菅政権は長くはないと見られている。どうせ倒れるのであれば、このくらいのダイナミックなことをやれば、歴史に名を残すことができるではないか。
 
 
転載元:nikkei BP net 【時評コラム】花岡信昭の「我々の国家はどこに向かっているのか」
閉塞状況を抜け出すには「大連立」しかない