山本善心の週刊木曜コラム〈374号〉 を転載

李登輝 台湾元総統の単独インタビュー(2)

時局心話會代表 山本 善心

宇田川敬介:日本では「中国バブルが崩壊する」という見方もあります。北京ではオフィスビル用の50%が空室となり、また電気のつかないマンションがあったり等、不動産価格もかなり下落していると聞いています。
先程李元総統が今後、中国は8%の経済成長が維持できないと言われましたが、実際に中国のバブルが崩壊するかどうかは別として、インフレ、重税、失業、生活苦による人民の社会不安が懸念されています。また、年間10万件を越える暴動が中国国内で起きています。
今後の中国経済について李元総統のお考えをお聞かせ戴きたいと思います。

李登輝:現在中国では、熱さと冷たさと云う2つの状態が同時に進行しています。例えば、株がずっと落ちています。恐らく昨年の4月から4,000ポイントから2,000ポイントに落ちたきり、上がっていません。一方で、投機だとか家を建てることとか、土地売買だとかの非常に強い熱が出て来ています。
一方に於いて冷たいが、一方では熱いという、このような現象を人間の身体で例えれば、これはどんな病気なのか誰にも分かりません。
我々はこれを「バブル」といって、中国経済が間もなく崩壊するのではないかと心配しています。しかし、私はこの見方に対して少し早すぎるんじゃないかと思っています。というのは、中国自体がこういう状態にどう対応すればよいのか今悩んでいます。つまり、中国自体輸出中心の産業政策から国内の需要に即した産業構造に切り替えて行く努力をしています。
もっとも、これ自体、非常に難しいことです。中国は、これまで殆ど外国の資本と技術によって、国内の過剰労働者、安い労働力を使って、外国に物を輸出していました。この様な状態から、いきなり内需に方向転換するには、かなり技術的に難しい問題が残ります。
内需を中心とした経済に持って行くには、なにより自分なりの技術を持たなくてはいけません。何千名と云う専門家を動員し、こう云う問題に力を入れてやろうとしておりますけれども、なかなか時間がかかるものです。
今後の2、3年は展開を静かに観察する必要があります。同時に、日本も台湾も中国に対する投資の方向は、いままでどおりでは継続できないと云う事を知らなければなりません。

宇田川敬介:これまで中国の胡錦濤主席は経済問題に関してかなりの努力をされた、と云う感じは受けています。中国では何分にも軍がどんどん軍拡をして、去年は8兆7000億円の伸長ぶりです。これがさらに来年も再来年も続いて行くと云う事になれば中国の経済は、かつてのソビエト連邦の様な状態になって、頭打ちが来ると考えられます。一方では、今閣下が仰ったような経済の変革を乗り切る事が出来るのか。この幾つかの問題を抱えている中で、中国は日台にとりましても今後ますます脅威になると思われますが、特に軍拡の問題なんかはどのようにお考えでしょうか。

李登輝:中国に於いて軍事に莫大な投資が行われているのは、事実です。一方アメリカは、西太平洋に於ける日本、台湾、コリア、南海の諸地域に於ける安全保証と云う問題に、大変注意を払ってきています。
これに対して、中国が莫大な軍事費用を費やして、アメリカに対抗できるかといえば、これは不可能でしょう。そう云う事を分かりつつも、何とかして南シナ海を占領しようとしており、次は尖閣列島に漁船を入れて、琉球(沖縄)に対する圧力を加えようとしています。事実上この様な状態はもう続かないんじゃないかと思います。
というのは、クリントン国務長官が「尖閣列島は、日米安保条約の範囲内である」とはっきり宣言しています。要するに尖閣列島は日本の領土だと言っているのです。こういう事になりますと、中国としてははっきりとアメリカの肚が見えて来て、どうにもならない。
例えば北朝鮮問題でも、アメリカは韓国との演習の際、一番大きな航空母艦を黄海に派遣して、中国を牽制しました。その結果中国は黙ってしまいましたね。
その後、習近平さんが、アメリカを訪れ、ホワイトハウスで色んな事を云いました。これは中国人特有の策略ではあるものの、「中国はアメリカと対抗して、何か戦争を起こすとか、そういうことは決して無い」と云う態度を示したわけです。
だから軍事力を使って、いろんな所で嫌がらせをやったりするかもしれませんが、大規模な侵略にはならないだろうと私は思います。
そこで、日本が一番気を付けなければならない問題は日本自身の態度です。例えば尖閣列島の問題が起きた時に、日本政府がはっきりした態度をとらない場合。第二に日本の自衛隊は憲法によって軍隊じゃないので大規模な紛争が起きても国を守るという指令を出して処理をすることができません。これは憲法第9条の問題で、憲法改正というのは日本にとってはいかにして自国を守るかという大事な問題だと思います。まあ、安全保障上アメリカは、従来の考えどおりに行動すると思いますし、台湾関係法があるかぎり、台湾海峡も危ない問題が起こることは無いんじゃないかと思います。
いずれにせよ、国が黙ってしまったり堕落した態度をとらないよう、国と国との関係をはっきり作っていくことが大切じゃないかと私は思います。

山本善心:日本は次の総選挙で、民主党が現有議席の3分の1近くまで減らすだろうとの予測があります。自民党も議席は増えないんじゃないか。その減った分何処に行くかというと第三極、橋下大阪市長を中心とする「維新の会」との見方があります。政局の混乱とは別に日本経済の停滞が心配です。わが国の経済は「円高・デフレ」で失敗し国民は悲観的ですが、李先生から見て今後の経済政策をどうすればよろしいか、再生の秘策をご指導下さい。

李登輝:その前に大事なことは日本銀行ですね。日本銀行は、1ドル70何円の超円高まで放置していた。これでは輸出がほとんどできない。私は円の価値を1ドル100円くらいまで落としていくべきだと思っています。
まあ最近になって、1%のインフレターゲットを設定して、やっと80円台まで円を落としましたが、私から見れば不足ですよ。もう少し思い切ったことをやらないといけない。
私は現在の世界経済学理論を構成する仮説は、間違っていると思うんです。というのは、カラ取引で、お金でお金を買う、こういうことが世界では平気で行われている。こういう状態の中に於いてどうあるべきかということを、今の経済学理論は何も教えてくれません。
こういう状態から脱しなくてはならない。日本人にも、真面目な学者がたくさんおります。そうした叡智を結集して、日本政府は思い切った政策を取らなくちゃいけないんじゃないかと思います。
私は日本人の精神は世界に誇り得るものであると思います。それを生かさず、震災復興のために国民に増税を課すとか、消費税をアップするのはおかしいやり方だと思います。
政府は短期債券を発行し、日本国民から吸い上げてアメリカに80兆円のお金を貸しています。なぜ日本銀行はその債券を担保にしてお金を建て替えようとしないのか。そうすれば、政府に80兆円という金が自然に入って来て、何も30兆円の復興資金の燃出に増税をやる必要はないはずです。
こういう時にこそ政府は知恵を出していろんな問題にきちっとケリをつけてしまわなければ、いけないのです。
私は、それがいわゆる平成維新じゃないかと思うんです。そういう平成維新をやることによって、日本はもう一段発展していくんじゃないかと思います。

山本善心:増税政策しか能がないのは行政による機能停止ですね。こうした堕敗した構造にメスを入れるのは既存政党では無理なら強力な第三極が期待されるところです。行政も税収を生み出す知恵がないので何でもかんでも年貢の取り立てで一件落着という安易な手段しか取れないなら、新しいリーダに期待するしかないのが現状です。

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