浮かび上がってきたのは「民衆+メディアVS政権」という見事な対立構図である。この対立構図の成立こそが、今後の中国の激変を予感させる画期的な出来事であろうと感じるのである。
石平(せきへい)のチャイナウォッチ
2011/08/10 No.133号 反旗を翻した中国メディア を転載
反旗を翻した中国メディア
7月23日に起きた中国の高速鉄道事故で、内外からの注目を集めたのは中国メディアの熱の入った報道ぶりである。
事故発生直後から、全国から100社以上の新聞、テレビ、ネットメディアが現場に記者を派遣し、激しい取材合戦を繰り広げたことが本紙でも報じられている。国民の関心の高さを背景に、中国メディアは今まで見たことのない積極的な報道姿勢を取った。
こうした動きに対して、共産党中央宣伝部は事故発生2日後の同25日、事故について「プラス面のニュースを中心に報道するように」とメディア向けの通達を出したが、大半のメディアはそれを完全に無視した。
それからの数日間、新聞各紙は事故の悲惨さや当局対応のずさんさについて詳しいリポートを1面に掲載して、「プラスの面」よりも「マイナスの面」ばかりを報じた。たとえば北京の『新京報』、上海の『東方早報』、杭州の『銭江晩報』などは10ページ前後の特別紙面を組んだ。人民日報傘下の『京華時報』まで特集紙面を作って政府の情報隠蔽を批判する評論を掲げた。
そして、メディアの過熱報道と批判的な論調によって助長されるかのように政府当局の事故対応への国民的不満と反発が爆発寸前まで高まった。
「プラス面のみ報道を」メディアに通達
そのために、温家宝首相は「火消し役」として現地へ赴いて事態の収拾を図った一方、政権側はよりいっそうの厳しい報道統制に乗り出した。党中央宣伝部は同29日に国内全メディアに対し「政府発表以外のニュースを報道してはいけない。論評もしてはいけない」との命令様式の通達を出し、違反した場合の「厳重処罰」もにおわせた
メディアを黙らせるための「必殺の剣」が抜かれた。
その結果、多くのメディアはやむなく掲載予定の記事を取り下げたり紙面を急遽(きゅうきょ)作り替えたりしたが、大胆な抵抗を試みるメディアもあった。
北京地元紙の『新京報』は同31日、2005年の日本の福知山線脱線事故に関する1ページの特集を組んで詳しく検証した。それは明らかに、「生存者の捜索は丸3日間続けられた」「運転再開まで55日間かかった」といった日本の対応を引き合いに出して、短時間で生存者捜索を終了し、すぐに運転を再開させた中国鉄道省の対応を間接的に批判したものである。
『経済観察報』という週刊紙も懸命の反抗を行った。
8月1日、共産党宣伝部の「伝達」をわざとあざ笑うかのように、事故の原因究明に関する8ページの特集を組み、「今回の事故はまったくの人災だ」と断じた上で、事故の「真犯人」に対する徹底的な追及を展開した。
当局とメディアの攻防規制強化で記事激減、記者反発
広東省の『南方都市報』に至っては、7月31日の紙面で「他媽的(くそったれ)」という相手を徹底的に侮辱する意味合いの罵倒語を鉄道省に浴びせながら、政権の情報統制に対する憤怒の念をあらわにした。
このようにして、当局の人命軽視と政権の報道統制に対し、一部の国内メディアはもはや昔のようにただ屈従するのではなく、むしろ果敢に立ち上がって集団的反乱を試みた。その背景には、人権に対する国民の意識の高まりと、市場経済の中で生きていくために民衆の声を代弁しなければならなくなったメディアの立場の変化があろう。
そこから浮かび上がってきたのは「民衆+メディアVS政権」という見事な対立構図である。
この対立構図の成立こそが、今後の中国の激変を予感させる画期的な出来事であろうと感じるのである。
( 石 平 )
~誰よりも中国を知る男が、日本人のために伝える中国人考~
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