制度と予算を行使する為には、その基準を示す意味での「線引き」がある。必要な線引きではあるが、場合によってそれが弊害となり、誤解や紛争の火種になる。そこで安易に「線引き」位置を変更すれば、それまでの認定に対する信頼が崩れ、新たな混乱を生む。身動きの取れない状態だ。
すべての人が納得するような「満場一致」はありえないなかで、紛争終結は圧倒的な力の作用が成し得る業だ。役所の手続きや裁判所の判決が浮き彫りにされることが多い「水俣問題」だが、解決の糸口を探りながらも出口の見えない状態が続く。政治主導の力学がなければ打破できないが、強権を発する決断者がいない。「棚上げ」ということばに象徴されるように、先送りしながらその場しのぎをしてきた後遺症だ。
「水俣病被害者すべて救済を」 国賠原告ら訴え
「不知火海沿岸の被害者すべてを救済すべきだ」。水俣病特別措置法の未認定患者救済策で対象外とされた水俣病不知火患者会の会員48人が20日、熊本地裁に新たな国家賠償請求訴訟を起こした。提訴後の報告集会では、被害を認めない行政への憤りや不満が原告らから噴出した。
訴状では、救済策が定める居住地域や生まれた年代の「線引き」によって救済から外されたのは不当と主張。国や県、原因企業チッソに1人450万円、総額2億1600万円を請求している。
救済策の対象地域外となる天草市河浦町に住む漁業の田中尊徳さん(50)は「同じ症状なのにおかしい」。上天草市姫戸町の農業の男性(89)も「魚の多食を証明できず救済されなかった。納得できない」と訴えた。
年代による制限で対象外となった松岡奈緒美さん(42)=水俣市=は「被害者であることは確かなのに…」と悔しさをにじませた。
原告48人のうち32人が「線引き」による対象外。園田昭人弁護団長は「被害の実態調査もせずに行政が決めた線引きは、明らかに誤りだ」と指摘する。
現行の認定基準より幅広く水俣病と認めた4月の最高裁判決以降も、基準見直しに否定的な国の姿勢にも批判が集中した。原告団長の飯尾正二さん(55)=鹿児島県長島町=は「これでは感覚障害だけの被害者はいつまでも救済されない」と嘆いた。
集会には、新潟水俣病阿賀野患者会の山崎昭正会長(71)らも参加。「地域や年代で線引きされるのは、自分の人生を否定されるようなもの」と特措法の不当性を強調した。同会によると、救済策の対象外となった会員21人が新潟県に異議申し立て中。約130人は判定が出ておらず、結果次第で今後の対応を決めるという。
不知火患者会の大石利生会長は「特措法はあたう限りの救済をうたっているが、結局、すべての被害者救済ではなかった」と強調した。
(鎌倉尊信、辻尚宏)