台湾ではこのほど、1895年から1945年まで日本が統治していた時期を「日據」に統一すると発表した。
戦後台湾の歴史教科書では、1895年から1945年までを日本による植民地統治としていた。
正確には「高度な同化政策」であったが、中国国民党という独裁政府としてはそれを許容できず、植民地統治として「日治」または「日據」という表現がもちいられていた。
行政院は、教育部の決定および教科書編集の自由は「尊重する」としながらも、中華民国の国家主権と民族の尊厳の立場から、政府文書では「日據」に統一すると説明。
(※「日據」という語は、日本の統治は搾取であるとする、反日的意味合いが強い。)
この「中華民国の国家主権と民族の尊厳」というのは、分かりやすくいえば「台湾に逃げ込んできた支那人勢力の虚勢」というところだろう。大陸での国共内戦に敗北した破れかぶれの国民党は、日本が残した膨大な財産を採取し、豊かな台湾人の命や財産を奪いつくした。
李登輝元総統による「無血民主化」以降、野党に落ちていた経験から、選挙用に柔軟な姿勢をみせるが、やはり支那人の気質は共産党と同様だ。
フォーカス台湾 2013-07-23 から転載
日據?日治? 政府文書は「日據」に統一/台湾
(台北 23日 中央社)
行政院は22日夜、日本が台湾を植民地統治していた時期について、政府の公文書では今後、一律で「日據(日本占領時代)」との表現を使用すると発表した。今月に入り教科書での表記が問題となり、教育部では、植民地統治への評価に関わらず多様な表現を併記するとの方針を固めたばかり。
戦後台湾の歴史教科書では、1895年から1945年までの日本による植民地統治について、中華民国史観の立場から「日據」としてきたが、1997年の教育改革で中学校の歴史教科書では「日治(日本統治時代)」を使うようになり、その後高校でも「日治」に一本化された。
教科書は各出版社が作成し教育部が審査する形で、先ごろ3社が新たな歴史教科書を申請したが、「日據」などの表現に意見が付き認可されなかった。出版社側が反発し騒動が拡大、教育部はいずれの使用も認め用語解説も併記することとし収束を図ったが、一部メディアは論争を続けている。
行政院は、教育部の決定および教科書編集の自由は「尊重する」としながらも、中華民国の国家主権と民族の尊厳の立場から、政府文書では「日據」に統一すると説明。地方自治体にも同様の対応を求めるとしている。
ただ、日本が残した建造物などを市の古跡や観光資源としている自治体も多く、地方からは「画一的にひとつの言い方にするのは非現実的」との声も上がっている。
(編集:高野華恵)