台湾漁船領海侵犯の背後にいる人物は親日企業家だった。
こういう政治的暗闘を背景にしたニュースは高度な解析をもって見なければ、事実を見誤ります。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24(2012)年9月26日 通巻第3768号 を転載

中国の監視船団が去って、台湾の漁船団40隻が巡視艇とともに領海侵犯
黒幕は旺旺集団という、親日企業。その行為や裏切りか、それとも?

9月25日、台湾漁船40隻と台湾海上保安庁の船12隻が尖閣諸島に現れた。そのうちの大半が日本領海を侵犯し、日本の警備艇と派手な放水合戦というスペクタクルを演じた。
しかし台湾は親日国家なのに、なぜ?馬英九総統は「反日活動家」として知られ、ハーバード大学の博士論文は「尖閣」だったが、民意は反日ではない。

この稿では複雑な台湾の政治状況を分析する紙幅はないが、統一派、中華思想組が馬政権を突き上げ、台湾政府としてはガス抜きのパフォーマンスを演じた気配濃厚である。だが、漁船による集団的示威航海は台湾政府の思惑と明確な意思表示とは言い切れない。
しかも台湾国民の反応は冷淡で、かつ冷静である。

まず第一に領海侵犯の台湾漁船、合計50隻は台湾東海岸の宜蘭県蘇襖(ス-アゥ)という漁港から集団で出航している事実に注目するべきである。
蘇襖は距離的には基?の南で尖閣にはやや遠いが、じつは緯度的には石垣島と同じ地点、もともと蘇襖の漁民は尖閣付近でも漁業に従事してきた。

ちょうど半世紀前の1962年、この港からあがる魚介類を加工して缶詰工場が稼働していた人物がいた。しがない缶詰屋は経営危機になんども陥り、従業員に給料もまともに払えないほどの貧乏所帯だったという。

この缶詰工場は「宜蘭食品工業」と言った。蔡衍明(後述)の父親・蔡阿仕と仲間が経営していた。
十四年後に板橋(現在の新北市)の中学をでたばかりの息子、蔡衍明が会社の経営に加わった。かれはアイディアマンだった。
日本の「かっぱえびせん」に似た魚介類の加工によるおやつを作り始め、つぎに煎餅に進出した。蔡は日本にやってきて岩塚製菓に通い詰めた。
岩槻製菓は新潟県長岡市が本拠。ぬれ煎餅、おかき、黒ごま煎餅など、ベストセラー製品は日本のスーパーでおなじみ、蛇足をかけば筆者は海外旅行にかならず、この会社のぬれ煎餅を持参する。

岩塚製菓のノウハウを伝授して貰い、味のついた煎餅を大量に作ろうと、せっせと岩塚製菓に提携を持ちかけたのだ。そして岩塚はその熱意にほだされて決意した。「それなら会社の命運を賭けて一緒にやりましょうか」。

蔡衍明の運命が開けた。
菓子類はバカあたりして、即席麺、飲料水、饅頭、スナックの分野にも進出し、1983年には屋号を「旺旺集団」と解消し、さらには中国へ進出した。
「岩塚製菓に足を向けて寝られません」というのが、蔡衍明の口癖だった。日本の味と加工技術がなかったら、旺旺集団が、これほど短時日裡に市場を席巻することはなかった。いまでは台湾市場の95%を寡占する大手企業に成長したのだ。

蔡敷衍明の野心は、それだけには留まらなかった。かれは大陸の大市場に目を向けたのだ。

福建省、浙江省、広東省などの中国沿海部はすでに菓子工場があふれかえり、一部の台湾の食品加工企業も進出していた。蔡は、沿海部を飛び越え、いきなり内陸深く、湖南省長沙に工場を建設する決断をした。
中国の奥地の人々の味にぴったりの工夫をこらし、しかし原則はふたつ。第一に絶対に値引きしない。第二に前金でしか品物を納めない。

▼毛沢東の故郷に大工場を建てた

中国湖南省で前金というビジネス風習は希少であり、どこからも注文が来なかった。いや正確に言うと大量の注文があったが、いずれも前金と聞いて引き下がった。そこで、在庫を小学校に寄付して、口コミによる評判を高め、販売員を雇って直接売り込みに歩くという戦法をとった。

大陸での商売は軌道にのるまでに時間がかかったが、販売力がついて売れ始めると、あとは一気呵成、いまでは中国大陸の85%のシェアを誇るまでとなる。

ついでライバル企業を買収し、傘下におさめ、挙げ句には保険、ホテル経営に手を伸ばし、香港株式市場に上場した。

問題はここから起きた。
大陸進出の台湾企業は、中国共産党から猛烈な政治介入をうける。その典型が奇美実業であり、最初は猫なで声で液晶パネル工場の大陸進出を促し、やがて軌道に乗るや工場長の冤罪をでっち上げて、人質となし、「台湾独立に反対」と奇美実業の許文龍に言わしめたばかりか、そういう意見広告を台湾の主要メディアに出させた。
許文龍は知る人ぞ知る、大の親日家にして李登輝に近九「台湾独立運動」の大スポンサー。台湾財界を代表する一方の顔だった。

▼中国の巡視船がさって、台湾漁船団がタイミング良く

蔡衍明と中国共産党の間に、どういう黙契もしくは密約があるのかは分からない。
しかし、その後のかれは何をしたか。
民進党系列のテレビ、ラジオを買収して傘下におさめた。野党のマスコミをつぶしたのだ。
つぎに2008年、「台湾の二大新聞」と言われた『中国時報』を傘下におさめ、「旺旺中時集団」とした。『中国時報』『工商時報』『中時晩報』などマスコミを買収した意味は何か。
これらの媒体は中華思想、統一を推進する主張をなす媒体ばかりである。

そして2012年9月25日、尖閣諸島領海に大挙押し寄せた台湾漁船団の燃料費およそ1500万円を、蔡衍明が負担したのである。

ニュース・フィルムを見れば分かることがある。
漁船団のなかに紛れて報道専用船「旺旺中時」の船がカメラを回していることが!

私たちが、今回の台湾漁船領海侵犯事件で留意するべきことは、あの親日国家・台湾においてさえ、これほどの親日企業が、中国共産党の政治影響力を受けてしまったという実態、そのリアリティである。

 
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