膨れ上がる日本の社会保障制度を作った真犯人は、GHQである!
今回は、日本の労働政策以外の社会福祉政策とGHQの関係について述べたい。
日本の社会保障費が30兆円を超え、毎年1兆円づつ増えていることはご承知のことと思う。今回の民主党政権と自民党や公明党など野党が合意した「税と社会保障の一体改革」によって、消費税率を10%上げたところで、社会保障全体にはその予算は回らない。それどころか消費税をさらに20%程度上げなければ、日本の医療費はもたない、というのが日本の社会保障の常識になりつつある。
ところが、戦前の日本はそうではなかった。
福祉や介護は、基本的には「自助」として家庭で行い、その家族の周辺の親戚や近所の人々が面倒を見ていたため、いまより格段と安上がりなシステムだった。
また年金は、その土台が「恩給」というシステムであった。恩給は、国に対して何らかの功労を行った者に支払われるある種の「公共性による見返り制度」である。
これは基本的に、社会保障費を倹約するには打ってつけのシステムだった。天皇陛下による叙勲のシステムと同じく、「国のために役に立った」という思いが見返りになることで、多くの日本人は満足していたのである。ところが戦後の日本の年金システムは、この「恩給」というシステムを捨ててきたため、別に国に功労があったと認められなくても、多い人で掛け金の20倍近くの年金を誰しもがもらえるようになった。そのため、日本人は「個人主義」となり、国のことより個人のことをほとんどの日本人が重要視するようになった。そのため、社会保障費はうなぎ登りになり、さほど身体が悪くなくても暇さえあれば入退院を繰り返したり、国から年金や健康保険をもらって、その金額を上げれば上げるほど、「うまくやった」と誉められるまでになったのである。
このような社会福祉の考え方のほとんどは、GHQの改悪によってもたらされたものだ。GHQの思想には、左翼の階級史観が大きく影響していたが、「個人」が「国」からぶんどるシステムが出来上がったのである。介護医療にしても、すべての個人の面倒を国に見てもらう、という西欧型の発想が日本の制度として認められたからだ。
しかし、そのような個人を甘やかすだけのシステムが長続きするわけがない。
少子高齢化で社会保障費がかさみ、子供は親を賄えなくなった。GHQは、日本人から「誇り」を失わさせることを目標にしていたため、次第に子供は働かず、労働で額に汗を流してお金を稼ぎ、それを親に自分を育ててくれた恩返しとして返そうという気持ちがなくなって行った。GHQは、日本人が数万年以来持ち続けた「勤勉性」という誇るべき民族性をあくまで壊そうとしたわけである。
戦前までの日本人は、それほどまでに日本人は脅威であった。自己犠牲の精神が旺盛で、勤勉性が高く、社会福祉についても自分たちで自己完結する素晴らしいシステムを持っている。それを壊すことが、GHQ労政局による「日本の改革」とされたわけだ。
ところが戦後67年間経って、そのシステムはものの見事に国家を破壊する要因となった。日本人は誰しもが個人のことを大事にし、公のために自己犠牲を払うことなど、基本的になくなった。その制度の中で生きてきたのが団塊の世代以降の戦後日本人である。
将来の日本は、目先の対策として消費税を上げることよりも、社会保障費をどう安上がりにするか、というかつての素晴らしい制度を見直すことがどうしても重要になる。
そのためには、GHQの行った「改悪」をいつまでも後生大事に守るのではなく、日本人を劣化させる「悪のシステム」をぶっ壊すことが是が非でも必要なのである。