「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24(2012)年4月26日通巻第3638号 を転載

最高利益をあげた中国の国有銀行がなぜ増資するのか?
過去五年にも500億ドル強の増資、そしてまた増資とは面妖すぎないか

「銀行は儲けすぎており改革が必要だ」と発言したのは外国銀行の競合相手ではない。温家宝首相である。「競合がなく、貸し付けが寡占状態であることは改革しなければならない」と言ったのだ。しかし決算報告も貸借対照表をみても、中国の国有銀行はおしなべて成績が良い。

「向こう数ヶ月の間に六つか七つの国有銀行が合計1119億元の増資を行うが、そのうちの交通銀行は一行で568億元の増資に踏み切る」(ヘラルドトリビューン、4月24日)。
1119億元は邦貨に換算して1兆5000億円弱に相当する。いずこも決算で黒字、成績優良な筈なのに、なぜ?

「儲かっている企業は減資もしくは自社株買いに走るのがビジネスの常識だが、なぜ反対方向に中国の銀行が向かうのか?」という疑念は素人でも思いつくのではないか。

ちなみに四大銀行の財務状況をみると、
中国工商銀行の財産は15兆5000億元
中国建設銀行は12兆3000億元
中国銀行は11兆8000億元
中国農業銀行は11兆7000億元
これらが「財産」として公表されている。しかも「不良債権率は1・15%だ」と、とても信じられない数字が「公表」されたばかり。その直後に増資するというのは矛盾である。その理由は数学の弱い人には想像がつきかねるかも知れない。

▼数年前まで、「倒産寸前」と言われたのに?

回答は明瞭である。
2011年度に上記四行の利益は6230億元あったと報告された。邦貨に換算して8兆円強。
これらは中国の「社会主義市場経済」の原則に則って、国有企業へ貸し出されたものの利益だった。農業銀行だけの利益でも、1219億元(ちなみに同期のJPモルガンの利益は118億元相当しかなかった)。

言うまでもないが、これらは粉飾決算であり、しかもバランスシートは、潜在的不良債権を隠している。
貸借対照表で「資産の部」に記載されている「債権」がある日突如として「不良債権」に化けると、資本金が脅かされるため、予め、その日のために備えるとしか考えられない。

不動産バブル破壊、多くの企業倒産、プロジェクトの頓挫(とりわけ高速鉄道や道路、幽霊都市)。これらに貸し付けられた金額は公表されている数字を用いても、10兆7000億元に達する。

多くは地方政府が設立した「開発公社」に貸し付けられ、その開発公社の数は1万社。典型例は、かの重慶である。重慶の開発公社はおよそ1兆元を借りて低所得者住宅などを急遽造成し、あちこちに政府プロジェクトの建物、道路、地下鉄、新幹線、モノレール。

薄煕来が去って、重慶市党委員会の新書記としてやってきた張徳江は片っ端から予算を半減もしくは激減させ、プロジェクトの中断、中止、あるいは停止を命じたため重慶の街は新種の不安で蔽われた。

つまり中国の銀行は永遠に増資増資増資に向かって走らなければならない。国有企業の倒産を防ぐには不良債権としないためのつなぎが国家によって命じられており、一方で自己資本比率が9・5%と定められている以上、増資増資で「食いつなぐ」しか、残された手だてはない。

他方、党幹部、高級官僚の海外逃亡と資金の持ち出しは跡を絶たないが、これまでの公表数字は、海外逃亡が4000人、持ち出された外貨は1000億ドルと推定値が行き交った。

とんでもなく控えめな数字だった。
NEWSWEEK(5月2日&9日合併号)によれば、「2000-2009年の中国からの不正な国外送金の額は2兆7400億ドル(おっと、中国の外貨準備高は3兆2000億ドルですよね)。中国人が国外に保有する資産の価値は、11年末で5500億ドルにも達する」そうな。

▼薄煕来事件のその後

薄煕来夫人の「谷開来は四人の姉妹と一緒に香港とバージン諸島で総額1億2600万ドルの資産を管理していた」(同ニューズウィーク)。息子の「薄瓜瓜はハーバードのネットに意見を投稿し『自分は両親の事業と無関係、フェラーリには乗ったことがない』としたが、米国政府は、いずれこの息子が政治亡命を申請したときにどう対応するか、いまから頭がいたい問題だ」(ウォールストリートジャーナル、4月26日)。

薄煕成(実弟)は北京で広くビジネスを手がけるが、やはり「今回のこととは無関係だ」と表明したが、「実兄は香港の『エバーライト集団』副会長を辞任した」(フィナンシャル・タイムズ、4月26日)。
後遺症はこれからさらに傷口を広げるだろう。