軍事ジャーナル【12月22日号】を転載

北朝鮮の今後

北朝鮮の今後の状況について、マスコミ数社にコメントを発信しているが、今の所取り上げてくれているのは極一部だ。なにしろ大手メディアときたら追悼番組のような演出をしてしまっている。もうこれは最初の出方から間違ってしまっている。

つまり、追悼してしまうと金正日は大物だったという前提に立つことになる。そんな大物が亡くなったのだから、北朝鮮もその周辺もこれから大変なことになるに違いないという暗黙の前提が大手マスメディアを支配してしまう。
だが前号でも書いたが、金正日は追悼に値しない人間であり、死んで良かった人物である。追悼しないで、まずは祝福しないと今後の北朝鮮の姿は見えてこない。

一部メディアではすぐにも大動乱になるかのように報道しているが、やはりこの文脈から出てきた錯誤である。むしろ短期的には北朝鮮は安定すると見た方がいい。短期とは大体3カ月から6カ月ぐらいの基準である。

何故かと言うと、金正日の死が発表される3日前の12月16日に、米国と北朝鮮はウラン濃縮停止で合意しているからだ。金正日の死去の正確な日時が問題になるのは、この為だ。北朝鮮の発表では17日午前8時30分に列車の中で死んだと言うが、この発表を信じる者はいない。
この発表は、16日の合意が「金正日の承認の上になされた」と言いたいが為の嘘であろう。つまり真相は、この合意は金正日の意を受けていない。それ以前に金正日は死んでいたのだ。正確にいうなら、金正日が死んだからこそ北朝鮮は米国に譲歩できたのだ。
金正日が死んで良かったというのは、正にこの点である。

金正日は朝鮮半島の動乱期に少年時代を迎えており、正規の学校教育を受けていない。また当人は天才将軍を自称していたようだが正規の軍務についておらず、実は軍事の大半については無知である。
だから国家や軍隊がどんな仕組みで運用されているか皆目分からなかったのだ。諸外国から食糧支援を得てもそれを国民や軍に分配せず、換金して核兵器開発に邁進した。おかげで軍は食料もなければ燃料もない有様で、ろくに訓練も出来ない状況となった。

従って核兵器だけで他の軍事を顧みない金正日の死は、軍にとっても朗報だったろう。既に北朝鮮はプルトニウム型核弾頭を装着した弾道ミサイル数発を保有しており、北朝鮮防衛のためだけならそれで十分である。
ところが金正日は、さらに核弾頭を増産すべくウラン型核兵器開発に乗り出していた。核兵器依存症に陥ったとしか言いようがなく、金正日が生きている限り、ウラン濃縮を停止して米国から食糧支援を得る合意など不可能だったのだ。
今後、北朝鮮は米朝合意に基づき核開発停止の方向を目指し、それにより諸外国の支援を確保しようとするだろう。つまり柔軟な姿勢を示し緊張緩和を演出するわけだ。これが短期的に安定する理由である。

だが核開発停止は、すなわち核開発部門の予算削減となる。実は金正日が優遇していたのは核兵器部門の他に特殊部隊がある。すなわちテロ部隊。金正日は、軍事の中では核戦略とテロしか理解していなかった事になるが、この核兵器部門とテロ部隊は金正日直属で、両者は一体化していたと見られる。
というのも北朝鮮はイランの核開発を支援しており、イランまでの人員や物資の輸送を秘密裏に行うのは特殊部隊の仕事だからである。米国の真の狙いは実は北朝鮮のイラン核開発支援を停止させることであり、従って核兵器部門と同時にテロ部隊の削減を要求する筈である。

中長期的には、北朝鮮が不安定化すると見られるのは正にこれによる。今の北朝鮮で予算削減は餓死に直結しかねない。核兵器部門とテロ部隊は当然削減には反対するだろう。またイランにとっても北の核開発支援停止は死活問題であり、継続を強硬に要求するだろう。
核兵器部門が反乱を起こすとすれば、反乱の方法はただ一つ核ミサイルの発射しかない。テロ部隊の反乱は金正恩を含む首脳陣の暗殺だ。これにイランが絡むならイスラエルとの戦争が同時発生するだろう。米軍がもはや同時2紛争対処は出来ない財政事情を抱えているのは周知の事実である。
金正日死去で来年前半は安定するかもしれないが、後半には大動乱の可能性があるのである

 

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軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、論文「日本の安全保障の現在と未来」が第1回読売論壇新人賞佳作入選。現在、日経ビジネス・オンライン、日本文化チャンネル桜等、幅広く活動。
<著作>
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