鍛冶俊樹の軍事ジャーナル第27号(9月27日) を転載

サイバー戦争の衝撃

三菱重工を始めとする防衛産業数社がサイバー攻撃を受けていた。サイバー攻撃は昨今、頻繁に耳にする言葉なものだから、いわば慣れっ子になってしまって一般に脅威が認識されていないようだ。だが今回の事件は格別深刻なものである。

サイバー攻撃には大別して2種類ある。一つは一時にメールを大量に送信するなどして相手のコンピュータの機能を停止ないし低下させる公然型、もう一つはこっそりと相手のコンピュータに潜入する潜入型である。もちろん公然とメールを送ってその中にウィルスを忍ばせるなどの公然・潜入併用型も可能であり、この両者の組み合わせは無数の攻撃法を生み出すが根元的にはこの2種類である。

公然型は脅迫的な効果を持つ故に我々は頻繁に目にする。サイバーテロというときは公然型を指していると言ってもいい位である。ところが今回の防衛産業への攻撃は潜入型だったのである。

2007年9月に米国防総省関係、更には欧州の国防関係のコンピュータに公然型の攻撃が仕掛けられた事がある。ドイツのメルケル首相は中国の温家宝首相に直接抗議し、中国側も攻撃した事を否定しなかった。このとき、日本は全く攻撃されなかった。

日本だけが何故攻撃されないのか?当時のあるIT専門家の答えは「日本の主要なコンピュータには中国軍は自由に潜入できるから、公然攻撃する必要はないのだ。」

だが当時この発言は軽く受け流された。というのも2005年ごろ、ボットと呼ばれる特殊なウィルスに日本の数十万台ものコンピュータが侵されているとの報告があり、2007年当時はこれへの対処としてウィルスの駆除作業が進んでいた。

従って中国軍の埋め込んでいるウィルスもやがて完全駆除されてしまうと考えられていたのだ。今回の事件は実にこの予想を覆してしまった。日本の防衛産業への潜入は続いており、日本のハイテク技術が流出し続けていたのである。

中国の国防費の増大はしばしば問題となるが、実は金額の多寡が問題なのではなく中国軍のハイテク技術の発達が予想を上回るスピードであることが真の問題なのだ。中国空軍は今年1月に次世代ステルス戦闘機J20の試験飛行を挙行し世界中を驚かせた。ステルス技術を中国が習得するのに後5年は掛ると見られていたのだ。

日本のステルス技術は間違いなく中国より進んでいた。開発の中心は三菱重工である。ステルス技術の流出については米国防関係からの経路も指摘されているが、日本からの流出が中国の開発を加速させたのは間違いあるまい。

この8月には中国は空母を就航させた。旧ソ連製を改修したものだから旧式な筈だが、諸外国から盗用した技術でどこまで最新化されているかが一つの見所となっている。もし最新化された空母に最新化されたステルス戦闘機が搭載されれば中国軍は数年以内に米海軍を凌ぐ軍事技術を世界に誇示することになる。

今回の事件の意味する所は極めて重大なのだが、防衛音痴の日本のマスコミはあまり騒がない。だが米国防総省が騒がないのは防衛音痴故ではない。余りに事態が深刻で騒げないのである。

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