内容の濃いインタビューはこれでおわりましたが、いつもながら李登輝元総統の言葉には、励ましや訓示が込められており、とても勉強になります。

日本を取り巻く国際情勢 第328号  2011年5月19日発行 を転載

李登輝元総統 インタビュー(3)

時局心話會代表 山本善心

山本:日本統治時代と戦後の台湾はどう変わったのでしょうか。

李氏:日本統治時代、台湾は日本の教育によって明治維新のとき日本が国を近代化させたような精神が宿り、台湾の人々は早くから東西文明の融合を持ったことで、中国の人たちと考え方がまるで異なってしまいました。その文化が台湾人の基礎にあったから台湾は民主化を実現できたと思います。
1947年に起きた228事件は、違った文明の争いの結果起こったもの、所謂「文明の衝突」だったのです。中国とはまったく異なる文化なのですから、台湾の人間は「われわれは台湾人である」という確固たるアイデンティティを持たないといけないと思います。

シーレーンを巡るアメリカとの覇権争い

李氏:百年来の日本と台湾の関係、歴史、将来の関係を日本語で書いています。いまの台湾の力は、戦前の文化活動と関係があり、つながりがあるのです。台湾人のいまの国民党政府に対する反対や、中国に対する反対は、考え方に大きなギャップがあるからです。中国人の頭の中にはまだ東西文明の融合という考えは入っていません。ひょっとしたら胡錦濤はやろうとしているのかもしれませんがまだまだ時間がかかるでしょう。

山本:少なくとも、胡錦濤主席も内心そう思っているといういくつかの見方があります。胡錦濤氏は東西文明の融合、共存共栄路線を築こうとしたと見えます。さて、台湾の民主化定着と米中関係の見直しで世界の台湾に対する見方が変わってきましたし、中国に対する流れも変わってきたと言えますね。

李氏:そう、変わってきました。私は「西太平洋における主導権の争奪」という論文も書いていますが、シーレーンをどの国が握るかという問題で、将来中共は結局アメリカと争うことになるでしょう。中国は南シナ海、東シナ海の領有権を主張し、あちこちに潜水艦を派遣していますが、いざとなったらアメリカは怖いですよ。

中国に弱みを見せればますます増長する

山本:最近グアムに行って米軍基地のトップと会いました。アメリカのステルスファントム22戦闘機、日本のF15戦闘機がコンビを組んで猛訓練しているそうです。アメリカは日本の軍事力、航空技術、パイロットの優秀性は世界一だと言っていましたよ。中国に見せたいとも言っていました。そうすれば軍拡をやめるだろうと(笑)。

李氏:それはぜひとも必要だ。

山本:「そうなれば中国は歯が立たないということを理解するだろう」と言っていたのが印象的です。

李氏:そうかもしれませんね。ところで今回北朝鮮が韓国を爆撃して軍艦を爆撃したでしょう。アメリカは一番大きい原子力空母「ジョージ・ワシントン」を黄海にもっていった。そうなれば中共は黙って見ているしかない。だから、中国人に対しては決して弱みを見せたらだめなんです。日本は外交で政府が弱みをずっと見せ続けてきたから中国はいい気になっているんですよ。

山本:ああ、いまのお話、ぜひわが国民に聞かせたいですね。外務省のある職員は『弱みを見せているんじゃなくて、中国の民主化を促進するためにあえて言いなりになっているんだ!』などと馬鹿なことを言っているようです。中国に弱みを見せたらどんどん浸蝕してきます。尖閣が一つの例ですね。

李氏:たとえば、私の総統選挙1996年のとき、中国はミサイルを撃ち込んできた。その後すぐに米国から空母がきました。そしたら中国は黙ってしまったんです。

山本:空母がくるのがわかっていたんですか?

李氏:それはわかりますよ。今だから言えますが、当時日米台で数カ月かに一度お互いに情勢の交換会議やっていました。ですから三国間の関係は非常によかったのです。しかし、日本の外務省の連中はびっくりするほどだめだったなあ(笑)。

山本:朝鮮戦争のときも第七艦隊が台湾海峡にでてきました。米国が朝鮮戦争で戦っているときも台湾を心配してくれたんですね。。

李氏:そう。朝鮮戦争があったから蒋介石政権は維持された。その代わり台湾からもある程度応援にでたのでしょう。

台湾はあくまで「現状維持」だ

山本:70年前もこれからも、アメリカの台湾に対する重要性は変わらないでしょう。問題は米国発の「一つの中国」という誤ったシグナルです。中国の軍拡や挑発を正当化する危険きわまりないものでした。中国の暴走を制止するには米国は「国と国との関係」と発言すべきです。

李氏:そもそも、シーレーンの中心は台湾なんですよ。「台湾海峡の現状維持」というのはアメリカが取り出した問題で、この台湾をどう活かすかを台湾の指導者は考えなくてはいけません。しかし、今の政府はなにも考えてない。わかっていないんです。ただ、中国と行き来さえすれば問題は解決すると思っていますが、それは違う。武者小路実篤の言葉を引用するならば、「君は君、私は私、だけど仲良くやっていきましょう」ということですよ。

左翼勢力に牛耳られる日本の行政

いまの民主党も同じ。私は若いころ、唯心論も色々やったけど、唯物論、マルクスの弁証論はだめ。物と物の関係しか言っていないから。人間の社会は心と物と、そのうえに神がいる。この考え方が非常に重要です。日本ではなにかあると右とか左に分けますが、これもよくないと思いますね。右も左もないんですよ。

山本:残念ですが、今の日本ではそうはいきません。日本社会は、完璧に左の勢力に牛耳られています。元北朝鮮工作員や元核マル派の流れが大量に各省庁に潜入し、とくに法制局は完全に牛耳られていると聞きます。つまり、彼らに日本の行政権力が仕切られていると言ってよいでしょう。当時航空幕僚長だった田母神俊雄氏が愛国主義者的な発言をしたらその日に更迭されたくらいですから。一方、民主党25人の職員のうち23人は旧社会党系出身者や一部勢力に牛耳られていると聞きます。鳩山前首相は彼らが書いたものを会見で読み上げていただけとも言われ、日本は左翼勢力の天下だとの見方があります。

李氏:そうですか。かつて日比谷公会堂で坂本竜馬の船中八策について講演したことがあります。私は明治生まれの官僚を見ているので、そうしてみると今の日本の官僚、総理が無能になっているということですかね。

山本:残念ながらまさしくそう言わざるを得ません。それは国民の大勢が思う気持ちですが、日本の政治と外交は、国民の気持ちや時代の変化に適応できないばかりか改革にブレーキをかける勢力がいます。すべてが、先送り事なかれ主義で何も解決できないんです。

「日本は世界最大の個人資産を生かせる」

李氏:私にいわせると日本は日本銀行が問題です。まず日銀を整理していかないといけないと思います。個人資産について言えば、世界では日本が一番高いんですよ。そういうのをうまく活用しないでバブルがはじけて20年近く経ってもまだ国民を困らせている。国民の生活はいまのような苦しい生活じゃなくて、もっと余裕のもてる政策をとるべきだと思います。3%くらいのインフレ政策で、利息も3%くらいにあげたら年金生活者もずいぶん助かります。このお金は正常な金融システムの中に入ってきますから、日本としては効果的な対外投資をすることができると思います。

また日本の政治形態を変えるには「みんなの党」みたいに日本を道州制のような形で8州に分けて地方に権力を持たせる。そうすると地方が少し強くなって中央集権が強すぎるのを拡散し、バランスがとれます。それと、日本はなんでも世襲するのもあまりよくないですね。作家の山崎豊子さんは、考え方は左翼だけど日本の欠点をよく著しています。「華麗なる一族」とかにね。

山本:それはまさしく正論ですね。震災で見せた原発担当の経産省の事後処理は機能不全でした。右往左往するばかりでいったい何をしていたのかさっぱりわかりません。

李氏:私から言わせれば、日本で本当にしょうがないのは外務省です。1999年に起きた台湾の大地震では、当時曾野綾子氏が会長だった日本財団がすぐ援助に来てくれて、台湾でも非常に強い「捜救総隊」ができました。今回の東日本大震災では恩返しの意味で、すぐにこの救援隊を派遣すべくずっと連絡をしていたのですが、外務省は「受け入れの準備ができていない」の一点張りでした。結局日本へ行った救援隊の35人は山梨県甲府市にあるNPOの救援隊と共に被災地に行き、大船渡あたりで救助活動をして来ました。

山本:あ~、もっとお話ししたいのですが時間です。あらためて今回の震災でたくさんの義援金を頂き感謝申し上げます。また、たび重なる外務省の非礼に対し日本国民の一人として申し訳なく存じます。また本日は中身の濃い本音のお話を頂きましてありがとうございました。

次回は5月26日(木)です。

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