田母神俊雄公式ブログから転載

東日本大震災に思う

東日本大地震の破壊力の凄さには驚いてしまう。テレビなどで反復報道される映像を見て、津波のエネルギーにも今更ながらびっくりしている。被災地の皆様には、心からお見舞い申し上げたいと思う。私も福島県の出身であり、いわき市などに知り合いも沢山いるので、当初、電話も通じずに安否の確認にやきもきした。幸い親族はみな無事であることが確認できたが、いまだ連絡のつかない友人もおり心配である。

私自身は、地震発生時に栃木県にいたが、間もなく東北新幹線が止まり、やむを得ずタクシーを拾って70キロの道のりを東京に戻ったが、通常は1時間ほどで帰ることが出来るのに、道路の渋滞で11時間もかかって帰宅できたのは真夜中の2時半であった。

さて、今、東京電力福島原子力発電所の放射能漏れが起きて、現地の人たちが避難するという事態になっている。放射能は目に見えないので、知らないうちに命が冒されてしまうものだが、現地の住民は更なる事態の悪化を予測して、その多くがすでに原発周辺から避難しているという。しかし、そのような中にあって、何とか被害を最小限に食い止めようとして、まさに命がけで原子炉建屋内への海水の注水作業などに頑張っている東京電力などの職員の皆様には頭の下がる思いがする。

仕事とはいえ、国民を守るために命を懸ける彼らの行為こそが、日本人に世代を超えて受け継がれているDNAのなせる業なのだと思う。アメリカのメディアが、東電やその関係会社の職員の行動を褒め称えているそうだが、日本人はまだまだ捨てたものではない。私の知り合いの定年間近の東電の職員は、『私は東電に勤務できたおかげで息子たちも大学にやることが出来た。自宅を持つことも出来た。だから、このような会社の命運がかかるときにこそ、会社のために頑張りたい。ここで命を失うことになっても、私は最後まで会社と運命をともにする』と言って、原発の建屋の中で作業をしている。私はこれを聞いて感動の涙がこぼれてしまった。これこそが日本の強さなのだ。

また、一般の日本国民の行動も外国のメディアなどで褒められている。このような事態にあっても、水をもらうために何時間もきちんと並んでいたり、通路を閉鎖しないように気を遣ったりする日本国民は、本当に素晴らしいと思う。暴動や略奪が起きるわけではない。中国のメディアでは、中国人は50年後であっても日本人のような行動は取れないであろう、と賛辞を送っているそうだ。

政府の対応もいろいろ批判されているが、このような非常事態が生じたときに見事といわれる対応など出来ないとあきらめた方がよい。みんなが満足できる対応など出来るわけがない。被災者や関係者にしてみればいろいろ不満はあるだろうけれども、政府や関係機関などの行動を信じて、当面は我慢してもらうしかない。逐次、被災者の皆さんに対する支援策も強化されて行くと思う。後手後手になっていると批判している人たちが、『それではお前がやってみろ』と言われても、多分、同じようなことしか出来ないのだ。批判ではなく、こうした方がいいという建設的な意見を述べるべきだと思う。

ところで菅総理が15日に東電に乗り込み、東電の対応を叱責したそうであるが、とんでもないことだと思う。こんな事故が起きたときに一番大変なのは現場である。菅総理には、現場に対する配慮が欠けているのではないかと思ってしまう。報告が遅いとか言うが、その間現場は大変な混乱状態に陥っている。総理は、現場が最善の対応をしていると信じて待っていれば良い。マスコミとかから質問を受けたなら『いま現場が頑張っているので状況が入り次第お伝えする』ということで、現場をかばうくらいの配慮を見せるべきだと思う。
最高指揮官が、わめき立てることほど、現場の対応を混乱させるものはない。指揮官はもっとどっしりと構えるべきである。総理は、人心を安定させ、被害極限のため頑張っているみんなのやる気を起こさせることが大事なのだ。

それにしてもこのような災害のときに、自衛隊の指揮官に権限を与えて、警察や消防などを指揮下に置き、交通統制、輸送、物資供給などを行わせる体制が出来ないものか。訓練が出来ていない総理官邸に全般指揮を執れといっても円滑に動けない。

さて、日本が地震の被害に見舞われているときにも国際政治は動いている。総理が地震対応にだけ心を奪われているようではいけない。この混乱に乗じて反日勢力が日本を貶めるための法案などをそっと通してしまうことを画策するかもしれない。総理はこのようなときこそ眼前の地震対応だけではなく国政全般に対する目配りが必要である。