「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24年2月9日(木曜日)通巻第3552号 を転載
やはり失脚だった王立軍(重慶市副市長)。当局は「長期休暇」と発表
これは暗黒の権力闘争の一環、薄き来の政治生命に赤信号
ライジング・スターだった薄き来(重慶市書記)は、政治生命を絶たれる懼れがある。党大会を控えて中国は熱い政治の季節を迎えた。
薄き来の主唱した「唱紅打黒」(毛沢東の原点に返り腐敗一斉)は共産党中央から疎まれたのだ。特権を長期に維持しようというのが共産党高官の合意だから、この秩序を党内から動揺させた薄き来は邪魔となったのだろう。
薄が王立軍とともに、重慶にはびこったマフィア、腐敗幹部を一網打尽として、トップの7名を死刑にした功績は、庶民から喝采され、共産党幹部からは畏怖された。
07年に薄き来が重慶市書記に赴任したとき、遼寧省で活躍した公安畑の王立軍をともなった。王は公安局長兼副市長として豪腕を振るった。薄はこれらの実績をバックに今週の第十八回党大会でトップ政治局常務委員会入りする野心に溢れていた。
舞台は暗転する。
その右腕の王立軍が同市公安局長のポストを解かれたのが2月2日、そして7日に「長期休暇」に入ったと重慶市スポークスマンがアナウンスし、理由を「長年の過労による極度の緊張で体調を崩したため治療に専念する」としたが、中国のネット世論は一斉に「失脚」と解析した。
また「微博」サイトには王立軍の米国亡命失敗という噂が広まった。
げんに7日の四川省成都、米国領事館付近は異様な緊張に包まれ、夥しいパトカーが領事館付近に配置され、ものものしい警官隊が領事館を囲んだため、王立軍は領事館で亡命を申請したが断られたのでは?とする噂となった。
NYタイムズは北京発として、「王立軍は米国亡命を試みた」(9日付け電子版)と報じたが、同時に「誰も王立軍がどうなろうと興味は薄い、これで薄き来がどうなるか、という次の展開に多くが関心を持っている」と冷徹に解析したのだ。
北京の米大使館はメディアの取材に沈黙。ただし「米国領事館が中国当局に警備の増強を要求したことはない」とした。
博訊新聞網(8日)は、「王が米国領事館へ逃亡しようとしため黄奇帆(重慶)市長は、緊急に70台のパトカーを米国領事館周辺に派遣させた」と報じた。
薄き来自身、この件でひとことのコメントも出していない。
▼権力中枢のどろどろした抗争はつねに藪の中だ
多維新聞網(2月8日)は「おりからチベット僧侶の焼身自殺が連続して四川省は騒然としており、警戒を強めている一環だろう」と分析した。
しかし同紙は「腐敗分子追放以後、敵のいなくなった重慶で、やりたい放題の汚職、腐敗をやったのは薄き来であり、海外への資産移動や放蕩息子のハーバード留学など、かずかずの汚点が指摘されている。その右腕だった王立軍自身も腐敗の共犯だった噂が絶えず、喬石ら元老は『その後、重慶の治安が悪化しており、王立軍の退陣を要求』していた」という報道もしている。
新幹線を五年間で8300キロも作り上げた劉志軍(前鉄道部長)にしても、副官とともに二兆円もの賄賂、収賄の関与があって昨年二月に失脚したが、劉は江沢民派であり、団派の巻き返しと言われた。
であるとすれば、今回の薄き来を揺るがす大事件は、かれを政敵と位置づけた守旧派と太子党の多数派の共同作戦により、薄き来の次期政治局常務委員会入りを阻止する決定打となる。
▼習近平訪米直前のタイミングで仕組まれた
ウォールストリート・ジャーナルは「習近平の訪米直前に、政治スタイルのまったく異なる太子党の薄き来がポピュリズム重視の新しい政治スタイルで重慶市民の圧倒的支持をえていることに何らかの関係がある」と分析した(同紙、2月9日)。
同じ日に明るみに出た報道は江沢民の父親の日本特務機関協力の過去をあばいた歴史学者の呂加平が、昨秋に「国家政権転覆扇動罪」で懲役十年の判決が秘密裁判で出され服役しているという事実だった。
習近平が次期総書記兼国家主席に確実視されるのも江沢民派が推挙し、上海派と太子党が連合した人事抗争の結果である。
そして習は訪米の最終準備にはいった。
なお今回の中国の「ミニ政変」を欧米各紙は大きく伝えているが、日本の諸紙は黙殺か、ゴミ記事、例外は産経新聞だけのようである。
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