石平(せきへい)のチャイナウォッチ 2012/01/11 を転載
中国では今、2人の地方幹部による熾烈(しれつ)な体制内「政策論争」が展開されている。
主役は重慶市の薄煕来党委員会書記と広東省の汪洋党委員会書記である。
今年秋の党大会で決まる次期指導部人事で、9人からなる政治局常務委員の大半が入れ替わる予定だから、現在政治局委員の2人は当然、一段の昇進を目指して最高指導部入りを狙っている。
そのためにこの1、2年間、薄氏と汪氏は互いの存在をライバルとして意識しながら、独自色の強い政策理念を打ち出し、それをアピールしている。薄氏は、重慶市で腐敗撲滅運動を展開して毛沢東時代の革命歌の斉唱運動を推進する一方、格差や汚職の広がりをもたらした経済成長優先路線を否定する姿勢をとって、富の再配分を通じた弱者救済を訴える。
対して、汪氏は「ケーキの切り分け方云々(うんぬん)よりもケーキをいかに大きく焼き上げるのかが大事だ」と反論し、市場を通じて古い労働集約型産業を減らし新産業を育成してさらなる高度成長を目指していくことを主張する。
つまり薄氏が富の配分の「平等」を重視する政策を訴えているのに対し、汪氏は「平等」よりも「市場の論理」と「成長」を大事にする姿勢を示している。
あたかもアメリカの民主党と共和党の政策論争が中国で再現されたかのような面白い光景だが、「政策路線は中央が決める」という政治原則が徹底しているはずの専制体制下で、地方幹部の「分際」の2人が「政策論争」を堂々と行っているのは共産党政権史上前代未聞のことである。
それもまた、中国における時代的変化の兆しの一つだが、論争が行われた背景には共産党政権の抱える深刻な国内危機がある。
かつての毛沢東時代、政権は「社会主義的平等」を標榜(ひょうぼう)して徹底的な経済統制を行った結果、国の経済が破綻し国民全員が「平等にしての貧困」にあえいでいた。
そして三十数年前からのトウ小平改革の中で、市場競争の原理が導入されて経済が急成長を成し遂げた半面、貧富の格差が極端に拡大し、官僚の腐敗も蔓延(まんえん)して国民の不満が日をまして高まってきている。
このままでは経済の成長はおろか政権の維持も危うくなるから、今後の中国を一体どの方向へと引っ張っていくのかが当然、次期共産党指導部にとっての大きな政策課題となる。
まさにそれを見越して、それぞれの「打開策」を打ち出して競い合っているのが上述の薄氏と汪氏である。
そしてもし、今年秋の党大会でこの2人ともが同時に次期最高指導部に入ってしまった場合、将来の習近平政権内においては今までの成長路線の是非と今後の経済政策の方向性を問う本格的な路線論争が巻き起こってくる可能性が大であろう。
この路線論争の結果が中国の今後の進路を大きく左右すると同時に、最高指導部の中で本格的な路線論争が展開されること自体は、今までの閉塞(へいそく)した独裁政治体制に風穴を開けて変革への道を開く可能性もないわけではない。
従って、秋の党大会人事でこの2人が最高指導部入りを果たせるかどうかが大きな焦点となるのだが、逆にいえば、もしそのどちらかが昇進人事から外された場合、それもまた、中国の今後の行方を占うための判断材料の一つとなろう。
とにかく2012年、2人の地方幹部の「政策論争」の行方は中国の今後の方向性を見る上で重要な指標となりそうだが、彼らのどちらも結果的には、この国の経済の衰退と体制の破綻を食い止めることができないだろうというのが筆者の私自身の判断である。
( 石 平 )
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