市民活動に対して政府が呼応することはなかったが、この数か月の間にこうした大きな変化がみられるようになった。
政府は電気料金の値上げをしないよう電力会社に圧力をかけていたが、会社側は「点検」という名目で発電を中止し、事実上のストライキを行い、結果として料金値上げを果たした。
大連でのデモの経緯には、政治的な力が形を変えて参入しているとの見方ができるが、それは江沢民氏の死亡説から始まった重病説なども関与するのだろうか、今後の推移が気になるところだ。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成23年(2011)8月15日(月曜日)通巻第3397号 を転載
これは変化の兆しか?大連市政府党書記が抗議デモの要求呑む
大連で化学工場閉鎖を要求し三万余のデモ、警官隊と小競り合い、衝突は回避
きっかけは台風「梅花」。8月8日に遼寧省に上陸、防波堤などを破壊した。大連郊外の「開発区」にある化学工場(福桂大化石油化工有限公司)前の海岸で防波堤が破損し、工場まであと五十メートルという被害が出た。もし浸水していれば毒が流れ出していた。
この工場は以前から市民の間で「毒性原料の垂れ流し」が問題化しており、市政府は移転を要請していた。
前後から予兆的な動きがあった。
第一に庶民の知らないうちに空母が大連の軍港に就航し、示威航海をしていた、その空母バリヤーグが大連に帰港する日に抗議活動をぶつけた。
第二は渤海湾の海底油田事故で原油が付近の海洋を汚染しているのに、当局は一ヶ月も発表を控えた。
これはメキシコ湾のBP事故に匹敵するほどの被害を付近にもたらしているが、CNOOC(中国海洋石油)は具体的なことを一切公表していない。
第三に原潜の事故による海洋汚染疑惑(軍はまだ発表していないので詳細不明)。市民は不満を爆発させるきっかけを待っていた。
8月14日、大連では三万余の市民が自然発生的に市政府前広場に集結し、「化学工場の閉鎖」を要求し、午前八時から午後5時まで座りこみ抗議やデモを繰り返した。日本の新聞は参加者「一万二千」と新華社の数字を用いているが、博訊新聞網(8月15日)などは「三万」としている。
デモはインターネット、ツィッターのよびかけに呼応して市民があつまったとされ、「われわれ600万大連市民は、大連が好き。害毒は拒否する」という横断幕、プラカードが登場、VOAなど外国メディアが取材した。
デモはかなり周到に用意された節があり、化学工場閉鎖要求は氷山の一角、本当の狙いは渤海湾の原油汚染など、反政府活動が秘められていると考えたほうが良いかも知れない。公安が静かにデモ参加者を黙認している経緯など、当局と市民(という名の、党の組織かも知れない)のなれ合い行為の可能性が残る。
▲あちこちにデモ、座り込みが突発しているが。。。。。。。。
デモ隊が市政府前で座り込みを続け、夕方になっても解散する気配なく、午後五時過ぎに大連市党委員会書記の唐軍が警官隊の武装車の上に登壇し、「工場を閉鎖する」と明言するに至った。
しかしデモ参加者らは「閉鎖は何時だ」と合唱し、書記は「すぐだ」と答えたため、ようやく解散した。
大部分の参加者は警官隊と衝突せず、長時間の座り込みに警官隊の実力排除もなく、しかも市書記が要求を呑むなどという事態は中国共産党始まって以来の椿事である。
ただし一部の参加者は市政府広場から大連市内繁華街へむかって行進を開始し、警官隊と小競り合いを繰り返した。
同じ日、内陸部四川省成都でも夜中に幹線道路をふさぐデモが行われ五千人が参加した。
これは成都市武功区という貧民街で起きた事件で、労働者らが猛暑に騒ぎ出した、英国型の暴動へ発展する可能性を秘めた示威行動と在米華字紙が報じている。