イラン・イラク戦争中の1985年、テヘランに取り残された日本人215人を救出したトルコ航空機の元機長、オルハン・スヨルジュさん(87)が2月24日、イスタンブールで死去した。

イラン・イラク戦争が始まった1985年3月17日、イラクのサダム・フセインが「今から40時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機を打ち落とす」と世界に向かって発信したとき、イランに住んでいた日本人は、慌ててテヘラン空港に向かったが、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。当時日本の航空会社はテヘランに乗りえれておらず、日本政府は対応できず空港にいた日本人はパニックに陥った。
 
タイムリミットの1時間15分前、トルコ航空の飛行機が到着し、日本人216名全員を乗せて成田に飛び立った。なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。この時、元駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。「エルトゥールル号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」

 
※和歌山県・串本町 観光協会資料: トルコ軍艦「エルトゥールル号」遭難 より抜粋

エルトゥールル号の遭難というのは明治23年(1890)の出来事で、横浜を出港したオスマン帝国の軍艦がその2日後に和歌山県沖で台風に煽られ約600名が遭難事故にあいました。生き残った69名を串本町の住民が献身的に介助し、また、多くの遺体を引き上げて丁重に葬りました。そして明治天皇以下国民あげて全国から弔慰金が寄せられ、トルコの遭難者家族に届けられました。これが日本とトルコの友好関係の礎になったといえます。

この事実は今でもトルコの教科書に載せられ子供たちに教育されています。1985年のトルコ航空による日本人救出は、トルコの教育がもたらしてくれたといえますが、同時に私たちは先人たちにも感謝するべきです。

毎日新聞 2013.03.01 を転載

トルコ航空:日本人救出の元機長が死去、87歳

イラン・イラク戦争中の1985年、テヘランに取り残された日本人215人を救出したトルコ航空機の元機長、オルハン・スヨルジュさん(87)が先月24日、イスタンブールで死去した。トルコと親交のある和歌山県が1日、発表した。在イスタンブール日本総領事館によると、病死とみられる。

 イラクがテヘラン空爆を開始した際、日本の航空機が就航しておらず、脱出のために空港に押し寄せた在留日本人が孤立。トルコ政府が救出のため特別機2機を派遣した。スヨルジュさんはこのうち1機の機長。その功績で06年、旭日小綬章を受章した。【岸本桂司】

リンク
和歌山県・串本町 資料: トルコ軍艦「エルトゥールル号」遭難
HageOyaji通信  第167話 <小さな歴史の物語>
エルトゥールル号遭難事件 – Wikipedia